第10話 続境界線

文字数 1,830文字

 それを嬉しいと喜ぶか、悲しいと嘆くかは本人の自由だけど、それも含めて一喜一憂するのが人生の醍醐味だ。


「さて、今日は何の日でしょう?」 

 姉ちゃんが何か言っている……。

「聞こえなかったようなので、もう一度。さて、今日は何の日でしょう?」

 姉ちゃんが何かほざいてる。僕としぃが暮らす“2人だけ”の住み家で、“部外者のくせ”に主導権を握りしめながら。

 いや、奴が握っているのはハッキリと握り拳だった。

「弟よ。さて、今日は何の日でしょう? 仏の顔も3度までを踏まえて、無視することなく答えなさい」

「……誕生日。姉ちゃんの……」

「そっ。当ったり」

 ドカッ! と結局はげんこつを食らわされた。理由は2度も同じ質問をさせたから。奴の仏心なんて所詮はそんなもの。

「それより、ゆうちゃん。早くこっちに来てローソクにふーしてよ。ぴよちゃんもケーキ食べたいって待ってるよ」

 しぃが言う。僕が殴られたことを、それよりも、と。ちなみにこっちとはソファー前にあるガラステーブルのことで、いつものように僕は女性陣から離れた所で淋しく座っていることになる。

「はあ……けど、25本か……」

 ケーキの上のローソクを数えながら、何故だか重い息を吐く姉ちゃん。

「どうしたの、ゆうちゃん?」

 わざわざ心配してそう尋ねるしぃがちょっと邪魔くさい。同時に声を発したぴよちゃんのように「ママー、早く、早く、ろーそくぅ、ふーして。ふーって」と無視するくらいの扱いで丁度いいのに。

「中学校……卒業」

 突然、訳の解らない台詞を発する姉ちゃん。ビクっと肩を震わせる僕としぃを横目に、ぴよちゃんが異様な反応を示した。

「おっ、おめれとー!」

 フォークとナイフをテーブルに置き、よだれを拭って、ママを正面から見つめながら、そしてペコリと頭を下げた。

「ばいばい、ぎむきょーいく」

 ぶんぶんと手まで振っている。

「高校……入学」

 また姉ちゃんの意味不明な発言。

「おめれと、おー!」

 間髪入れずにぴよちゃんが応える。

「こんにちは、しぇいしゅん」

 また、ぺこり。

 ……いつ仕込みやがったバカ姉よ。


 ◇◇◇


「25ってそんな年令」

 役目を終えたぴよちゃんは再びケーキとにらめっこを始めたので、姉ちゃんは僕に視線を向けてくる。

「残酷だと思わない? 10年前の思い出が中学卒業だなんて、残酷すぎるでしょ」

「すぎるッ!」

 と、間髪入れずに食い付いたのはしぃ。

「残酷よ残酷。そんなの残酷以外の何物でもないわ! だって……ってことは、3年後、たった3年後の28歳で……」

「ばいばい。しぇいしゅん」

 ぴよちゃんのナイスアドリブに、2人は「ギィイヤァアアーー」と息もぴったりに悲鳴を響かせた。

 でも、2人ほど大袈裟に驚きはしないが、今回の議題は僕も少しだけ考えさせられた。

 義務教育の終了。その後にある3年間の青春時代を“自分の意志で進む先を決めることの許された、大人”と分類するのであれば、その10年後の25という年令は、重みを感じざるえない。

 なにもかもに決め事のあった意志を尊重されない子供から、今度はその決め事を作れる側へ。


 子供と大人。


 そういえば、前にも田中とボトケとそんな話をしたような気がする。

 境界線。

 誰かが作った儀式で規律のように押し上げられるのも、単なる体の成長でももちろん違う。

 大人。

 個人差はあれど、自分の意志で進みだしたら、その時点で人は責任を負わなければいけないという理屈を持った立派な大人だ。

 と、いう事は現在21歳の僕が自分の意志で物事を決めだしたのが高校2年くらいだから、大人として重ねた年数は……いや、やめておこう。男の悲鳴は耳障りだから。

 それに……。

「ハッピーバースディ、ゆうちゃん!」

「ありがとー! しぃちゃん」

「食べていーの? ママ、しーたん、もうケーキ食べていーの?」

 っと、まあ……深く考えて、おまけにそのまま膨らませても女性陣の話題はすでに変わっているという事で。

「ところで弟よ、大好きなお姉様にプレゼントは? “一ヶ月前”から頼んでおいた例の物は?」

 例の物……僕の小遣いの三ヵ月分に該当する例の物。それを素直に手渡すと僕はまたふと考える。

 誕生日祝いが気持ちだけで済まされなくなったら、大人なのかもしれない。と。

 大人と子供の境界線。

 それはもしかしたら、至極単純に、金の有無だけで定められるのかもしれない。

 つまりは、

 心より
 想い伝わる
 金品かな

 という事。かもしれない。

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