第11話 未来で会いましょう

文字数 2,429文字

 歌手や作家などの表現者は特にそうなのだけど、売れてから“次”にどんな作品を創れるかが重要だ。

 何故なら、名誉と金を手にした瞬間に、失うものがあるからだ。大好きだからする努力と、欲の為にする努力はまるで違うってこと。


 その点で、2年前に名を轟せたロックバンド“DOU.3(フィクション)”は、薄っぺらだといえる。

 一発屋。

 有線から稀に流れてくる彼らの楽曲を耳にする度に、元ベース担当のF.NOVEが今はどうしているのか気になってしまう。

 小、中学校と仲良しだった、ノブアキの現在が。

 気の弱いお調子者。

 去年の成人式に1年ぶりに再会したときも、それは相変わらずだった。

 僕の仲間はみんな気付いていたんだ。背広とは相性の悪い野球帽とマスクをしている変質者が“ノブ”の底の浅い変装だってことくらいは。当然に。

 だから僕たちは無視をしていたのだから。

「ほら、あいつってかまってあげると、テンションの異常にあがっちゃう奴だからさ」

 面倒なんだよね。と最初に述べたのはよっぴ。敢えて「最初」にと強調したのは、それだけ皆が同じ台詞を吐こうとしていたから。

 だが、残念な事にその面倒な変質者は、僕たちの周りをいつまでもウロチョロして離れてくれはしなかった。

 1番手にぷっと吹き出したのはしぃ。

「あーあ、負けちまったな」

 S渡辺が間髪入れずに言う。「ま、俺もそろそろ限界だったけどな」と言葉を続けながら。

「だっ、だっろー! やっぱり気付いていたんだろー。そりゃそうだろー。こんな庶民的な帽子を被っていても、でまくっちゃってんもんな、オーラ! 芸能人様の特有オーラ。な、そうだろー!!」

 かまってあげた直後のこのテンション。寂しがりやはこれだから邪魔くさい。

 けれど、だからといって暴力を与えてはいけない。気持ちは物凄くよく解るが、でんちゃんのようにすぐにドカっと殴ってはいけない。

 特に寂しがりやな奴ってのは、ネガティブの塊だから。

「……な、殴ったな。げ、芸能人様の、いや、一流芸能人様の頭を……」

 ほら、泣いた。まあ、一流芸能人と言い直すところが気に食わないので、慰めてはやらなかったけど。もちろん誰も。


 ◇◇◇


「おーぅ、とりあえずビール。樽で」

 なーんてなッ! なーんてなッ!

「とりあえず人数分もってこい。なにせ俺たちは今日からガキじゃねーからな」

 なーんてなッ! なーんてなッ!

 と、ノブがテンションを上げれば上げるほど、反比例して居酒屋の店員と僕たちのテンションは急降下していく。     

「おう! いい感じだノブ。さすが俺の子分だ」

 もちろんでんちゃんはノブ側の人種。

「おう、今日はこの店、貸し切りだからな。金なら腐るほどあっからよ。なあ、ノブ」

 見た目からして下品な奴が下品な発言すると、どこまでが冗談か解らず店員はただ萎縮する。けれど同情をしつつも和ませてあげられないのは、でんちゃんの発言が嘘とは言い切ることができないからだ。

「貸し切りだ。貸し切り。店の食いもんと酒を全部もってこいや!」

 バカは生きてるだけで幸せそうだ……。

 酒なんて、これっぼっちも呑めないくせに。


 酒豪の名はよっぴが手にした。居酒屋で3分で酔い潰れたでんちゃんとは対照的に、よっぴの自宅で開かれた2次会でも、彼女だけはちっとも酔わなかった。

「容量の違いね、容量の。わたしのこのでっかな腹はちょっとやそっとじゃ何物にも負けないの。食い過ぎで腹はこわすけどね」

 がはははは。

 この時点で起きてるのは、3人だけだった。

 でんちゃんとは違い、呑めない酒をムリには口にしない僕は乾杯くらいはしたが、ほとんどシラフだった。

「俺は、周りが派手な連中ばかりだから、酒には慣れてるんだ」

 そういえばノブは芸能人。改めて思い出すほど、友達という絆は社会的地位よりも“格上”なのだと知る。

「なー……ところで、俺のバンドの歌はもー聴いたか?」

 うーん。と寝返りをうった瞬間に服が捲れたしぃの腹を慌てて隠しながら、当然だろ、と僕は答えた。

「去年の4月3日に出たデビュー曲から、シングル4枚とアルバム1枚。もちろん皆も持ってるよ」

「どーだった?」

 続くノブの問いに、何故だか即答できない僕がいた。


 ◇◇◇


「そ、そりゃ、今1番勢いのあるバンドだ……」

 全部よかったよ。と言う前によっぴが邪魔をしてきた。

「デビュー曲以外は、“もちろん最悪”ね」

 容赦のない台詞。けど、実はそれは僕も同じ意見だった。

「ああ、知ってる。それは誰よりも俺が1番よく解ってる……」

 ノブは悲しそうに呟いた。

「デビュー曲が良かったから、その勢いで2枚目3枚目も売れた実力よりも話題優先のバンド」

 DOU.3はその典型だとノブは言う。

「──なにもかもが足りないんだ俺たちは。努力も才能も、そして気持ちも……」

「……」

「結局、俺たちは歌が好きで唄ってるのじゃなく、地位と金が欲しかっただけなんだ……ただ少しばかり運に恵まれた、特別ではない人間……」

 打ち沈むノブに僕はなにも言ってあげられなかった。よっぴも。何故なら、この後に続く彼の言葉がなんとなく理解できていたから。

“ガンバ”

「もちろん覚えてるだろ。小学校まで一緒だった、ガンバの事を……」

「……もちろん」

 と、答えたのは僕。その言葉を繋げるようによっぴはこう言った。

「みんな、知ってるよ。だから最初は久しぶりに会ったアンタを無視してたんだから。当時の怒りがやっぱり忘れられなかったから……結局はこうして再会の喜びに浸っちゃうんだけどね」

「……知ってるよ。だから俺も話しかけられずにいたんだから。だから、でんちゃんに殴られた時は嬉しかったんだ。涙がでるほど」

 涙ぐむノブ。僕も胸がいっぱいになった。だけど、この話にはまだ“言わなければならない言葉”が残っていた。

「あのデビュー曲、あれってガンバの事を綴った詞よね。小学6年の時に……死んだガンバの」

 よっぴの瞳も悲しみに揺らぐ。


《次項に続く》
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