──その3

文字数 968文字

「世の中は理屈で成り立ってる。法という規律があるからだ」

 S渡辺が言う。そうそう、と僕は続けたい。だから料理が並んだら温かいうちにいただこう、と。けれど、全く座る気配のないでんちゃんがそう言わせてはくれない。

「──でん。ここにはどれだけの人が居ると思ってるんだ? 店員だけでもその数は10以上だ。目撃者の数はそのまま=検挙率だ」

「関係ねえな、そんな事。警察ごときが……」

「恐くないのはお前の勝手な意見。俺は警察、いや法に違反するのが恐い」

「安心しろや、てめーらには迷惑かけねえからよ」

「だったら座って食事を始めろ。勘違いすんなよでん。お前が暴れたら、お前と一緒にいる俺たちも高確立で共犯だ。そんなのも世の中の“常識”だ」 

「てめーはムカつかねえのかよ。知ってる奴がすぐそこでバカにされてんだぞ」

 ブデブのよっぴ。タイミング悪く斜め後ろの男たちが、ぎゃっはっはと笑う。

「陰口なんて気にするな。直接、本人の前で悪口を叩いたのであれば俺もでんのように憤るかもしれないが、陰口では取り敢えず誰も傷はつかない」

 陰口と悪口。言ってる事はきっと正しいのだろう。けれどその余りにも冷静な口調は、少しも優しさが感じられなかった。

 陰口は陰口でもその対象は親友なのに……。


「なんか、味気ねえ」

 そう言ってため息を吐くでんちゃん。そしてそのまま通路に歩を進めると、斜め後ろの四人の男たちの横を……いや、素通りして店から出ていった。

 その背中を目で追うS渡辺は少し悲しそうだった。


「冷たいだろ、俺」

 ぼやくように呟く。

「──でもな、詭弁だと思ってくれて結構だけど、馴れ合いだけが友達じゃないんだ」

 僕は何も返事をしなかった。何故ならS渡辺は僕に言ってるようで、もうこの場にはいないでんちゃんに告げてるようだったから。

「個々の性格と意志。それらを曲げる事なく真っすぐにぶつけ合うのが俺の友達論なんだ。仕事や学校、なによりも安らげる枠の中は、それだけ自分らしくありたい」

 自分らしく。たとえそれが水と油であっても、どちらががどちらかに“愛想笑い”をする必要はない。会社や学校のように、何かの為に仲間意識をもつ必要がまるでないのだから。

 気楽だからこそ何よりも難しい枠の中。意志をぶつけあってケンカできるのが友達。離れていくのは元よりただの知人だ。


《次項に続く》
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