──その2
文字数 1,772文字
「──っで、どこまで話したっけ? あ、ああそう、女、女な。っでその女なんだけどよ……」
サイコロステーキセットとペペロンチーノとコーンスープを平らげ、デザートのケーキと紅茶を食しながらKことケイはそう言う。
僕は奴より500円も安いハンバーグセットの空き皿と水の入ったコップを交互に見つめがら、どこまでもなにも、お前はその豪勢な飯を食うのに忙しくて少しも話は先に進んじゃいない。と皮肉を告げた。
「ん、ああそうだっけか。ま、だったら50万と女でなんとなく理解してくれ。あっ、ウェイトレスさーんスペシャルパフェまだ?」
僕はここでようやく奴の頭をベシッとはたきつけた。そのスペシャルパフェは僕が食べたハンバーグセットはもちろん、お前が食べたサイコロステーキセットよりもまだ高いんだぞ! という怒りも存分に込めて。
「いや、違うんだ。違うんだ“Yの助”。まず暴力はダメだ。痛いからな。暴力だけはちゃんとしまっとけ」
奴ほど適当だと僕の小学校の頃の忌々しいあだ名を平気で口にする。当然もう一発はたきつけてやろうと思ったが、奴がタバコをくわえて火を点けたのでさすがに止めておいた。
「って、あー! バッカお前、思わずタバコ吸っちまったじゃん! これじゃあ8割だ。満足度が8割だ。どうすんだよスペシャルパフェ? Yの助はタバコを吸わないから知らないかもしれないけど、愛煙家にとっての食後の一服ってのはな……うわっ、説明すんの急にタルくなったわ。なんとなくで理解してくれ。ってか、スペシャルパフェはお前が食っていいから。食後の一服の後に物を食べるほど俺はアレじゃないからよ」
すいませんスペシャルパフェはキャンセルで……と言いたいが、おそらくそれは言ってはいけないだろうという歯痒さも怒りの力に加えてしまうと、僕はついつい拳を石のように硬くして奴の頭上を何度も叩き付けてしまった。
少しだけ気分が晴れたのはケイの瞳に涙が浮かびあがった頃、僕は届けられたばかりのスペシャルパフェをスプーンで一口だけ含むと、残りは無論ケイではなくその隣の“彼”にあげることにした。
ナガ。
そう、実はケイの隣にはNことナガが静かに座っていた。
本来なら否応無しにも目立つ彼が今の今までその存在感を虚ろにしていたのにはちゃんと理由がある。
アゴ。そう、彼の自慢のそれが魂を失ったように息を潜めていたからだ。
“大きなガーゼ”で覆い隠すようにペタリと。
「……何から尋ねたらいい?」
僕は取り敢えずそう言った。瞼の上、鼻の横、頬、耳……と見れば見るほど確認できる怪我が増えていくナガの異常事態をきちんと踏まえながら。
「……夜の街。俺はただ、ケイを待っていただけなんだ……」
ナガの独特な言い回しに僕の脳は不意に過去を思い出す。
海。皆で行ったあの海(やはり笑ってはいけない話参照)。その時点で僕は結末まで聞いてはいけないような気がした。
だが……。
「昨日の事だ。俺はケイに誘われて夜の街に出掛けたんだ」
パンドラの箱。彼もまたすぐにその箱を開けてしまう厄介な奴だった……。
事の始まりは昨日。ナガはケイに誘われて夜の街に繰り出したそうな。
目的はもちろん解放。欲望の解放。まあ、先に余談を言わせてもらえば無職のケイは昼夜を問わずに常に開放的なのだが。
正直、ケイのように適当な奴ってのは夜の街で案外とモテる。もちろん単純に容姿がいいという理由もあるのだが、それ以上に身に纏っている遊び人特有の刺激的なフェロモンが甘い蜜のように異性を惹き付ける。
その日、その毒蛾にかかったのは自称社長秘書の1人の女性だった。
ちなみに何故に男が2人で1人の女をナンパしたのかという疑問は、ケイがこの秘書という職業にとても弱いからという事で解決される。そう、だからナガなどどうでもよくなったのだ。と。
「いや、違うんだ。違うんだナガ。ちょっと待っとけ。違うんだ。ちょっとだ、ちょっと。お前の分の女は後で見付けてやるからよ。だから1時間だけ待っといてくれ」
そう取り繕ってケイは自称社長秘書とホテルに消えたそうな。
ナガは待っていた。肌寒い外で何故だか星の数をかぞえながら。
約束の1時間後にケイは出て来なかったそうな。
延長……星々の瞬きは白い吐息によって隠されていく。
〈次項に続く〉
サイコロステーキセットとペペロンチーノとコーンスープを平らげ、デザートのケーキと紅茶を食しながらKことケイはそう言う。
僕は奴より500円も安いハンバーグセットの空き皿と水の入ったコップを交互に見つめがら、どこまでもなにも、お前はその豪勢な飯を食うのに忙しくて少しも話は先に進んじゃいない。と皮肉を告げた。
「ん、ああそうだっけか。ま、だったら50万と女でなんとなく理解してくれ。あっ、ウェイトレスさーんスペシャルパフェまだ?」
僕はここでようやく奴の頭をベシッとはたきつけた。そのスペシャルパフェは僕が食べたハンバーグセットはもちろん、お前が食べたサイコロステーキセットよりもまだ高いんだぞ! という怒りも存分に込めて。
「いや、違うんだ。違うんだ“Yの助”。まず暴力はダメだ。痛いからな。暴力だけはちゃんとしまっとけ」
奴ほど適当だと僕の小学校の頃の忌々しいあだ名を平気で口にする。当然もう一発はたきつけてやろうと思ったが、奴がタバコをくわえて火を点けたのでさすがに止めておいた。
「って、あー! バッカお前、思わずタバコ吸っちまったじゃん! これじゃあ8割だ。満足度が8割だ。どうすんだよスペシャルパフェ? Yの助はタバコを吸わないから知らないかもしれないけど、愛煙家にとっての食後の一服ってのはな……うわっ、説明すんの急にタルくなったわ。なんとなくで理解してくれ。ってか、スペシャルパフェはお前が食っていいから。食後の一服の後に物を食べるほど俺はアレじゃないからよ」
すいませんスペシャルパフェはキャンセルで……と言いたいが、おそらくそれは言ってはいけないだろうという歯痒さも怒りの力に加えてしまうと、僕はついつい拳を石のように硬くして奴の頭上を何度も叩き付けてしまった。
少しだけ気分が晴れたのはケイの瞳に涙が浮かびあがった頃、僕は届けられたばかりのスペシャルパフェをスプーンで一口だけ含むと、残りは無論ケイではなくその隣の“彼”にあげることにした。
ナガ。
そう、実はケイの隣にはNことナガが静かに座っていた。
本来なら否応無しにも目立つ彼が今の今までその存在感を虚ろにしていたのにはちゃんと理由がある。
アゴ。そう、彼の自慢のそれが魂を失ったように息を潜めていたからだ。
“大きなガーゼ”で覆い隠すようにペタリと。
「……何から尋ねたらいい?」
僕は取り敢えずそう言った。瞼の上、鼻の横、頬、耳……と見れば見るほど確認できる怪我が増えていくナガの異常事態をきちんと踏まえながら。
「……夜の街。俺はただ、ケイを待っていただけなんだ……」
ナガの独特な言い回しに僕の脳は不意に過去を思い出す。
海。皆で行ったあの海(やはり笑ってはいけない話参照)。その時点で僕は結末まで聞いてはいけないような気がした。
だが……。
「昨日の事だ。俺はケイに誘われて夜の街に出掛けたんだ」
パンドラの箱。彼もまたすぐにその箱を開けてしまう厄介な奴だった……。
事の始まりは昨日。ナガはケイに誘われて夜の街に繰り出したそうな。
目的はもちろん解放。欲望の解放。まあ、先に余談を言わせてもらえば無職のケイは昼夜を問わずに常に開放的なのだが。
正直、ケイのように適当な奴ってのは夜の街で案外とモテる。もちろん単純に容姿がいいという理由もあるのだが、それ以上に身に纏っている遊び人特有の刺激的なフェロモンが甘い蜜のように異性を惹き付ける。
その日、その毒蛾にかかったのは自称社長秘書の1人の女性だった。
ちなみに何故に男が2人で1人の女をナンパしたのかという疑問は、ケイがこの秘書という職業にとても弱いからという事で解決される。そう、だからナガなどどうでもよくなったのだ。と。
「いや、違うんだ。違うんだナガ。ちょっと待っとけ。違うんだ。ちょっとだ、ちょっと。お前の分の女は後で見付けてやるからよ。だから1時間だけ待っといてくれ」
そう取り繕ってケイは自称社長秘書とホテルに消えたそうな。
ナガは待っていた。肌寒い外で何故だか星の数をかぞえながら。
約束の1時間後にケイは出て来なかったそうな。
延長……星々の瞬きは白い吐息によって隠されていく。
〈次項に続く〉