第16話 あなたが傍にいれば

文字数 981文字

 その日、僕が帰宅すると部屋の中は真っ暗だった。


 今日はしぃの帰りが遅いのだなと思いながら蛍光灯を点けると、ソファに彼女が座っていたので驚いた。

 どうしたんだい? とは、聞けなかった。だってしぃの瞳は光で満たされたはずの室内でも、まだ闇の中に置き忘れたままだったのだから。

 まるで生命の無い人形のように。

 昨日は僕との他愛もない会話であんなにも大きな口を開けて笑っていたのに。

 まるで遠い思い出のよう……。

 そうなんだ……。

 辛いんだ、人生は。

 その道を真っ直ぐに突き進もうとも、ぐねぐねと曲がりながら進もうとも、行き着く先には壁がある。

 分厚く無愛想な壁が。

 鍵はどこだろうか。

 その答えはいくつもあるから悩むし、その答えは1つもないから絶望する。

 笑顔だけでは生きていけないのが、人の当然。


 僕は何も言わず部屋を出るとトイレに籠ることでしぃに1人だけの時間を作った。

 駄目なんだ僕は。こんな方法でしか最愛の人を救えない。

 こんな時、S渡辺ならきっとその博識な知恵で素晴らしい解答をすることだろう。

 でんちゃんならきっとただひたすらに一緒に悩み続け、解決に至るかどうかは解らないけれど、相手にはそれ以上の安らぎを与えてくれることだろう。

 よっぴなら誰よりも自然な解答をしてくれそうだ。

 僕は、こんなもの。取り柄がないから何も出来ないし、これが最良と納得してしまっている。

 そんな時、スマホが鳴った。ワンコール。履歴を見るとしぃからだった。

 僕はトイレから出ると居間に戻った。

「隣に座って」

 しぃはそう言った。

 僕は言われるままに彼女の隣に座ると、その肩にしぃが頭を預けてきた。こんな頼りのない小さな肩に。

 そして、こう言うんだ。

「何もしてくれなくていい。誰かの真似も。


 こうしてるだけで私は強くなれるから。


 あなたが傍にいるだけで私は強くなれる」


 僕はしぃの肩をぐいと寄せると、「だったらこうすればもっと強くなれるだろ」と笑った。

「そんなの小学生の発想よ」

 彼女も笑った。

 笑顔。無愛想なあいつを前にしても尚、しぃのその強さに、僕も強さをもらっている。

 あなたが傍にいれば強くなれる。

 だったら僕は、

 しぃが傍にいれば“その倍”強くなれる。

 だよ。

 まあ、また発想が幼稚だと笑われてしまいそうなので声には出さないけれど。

 でも、いつでも“その倍”ありがとう。


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