──その終

文字数 899文字

 斜め後ろの席の男たちが立ち上がり、レジへと向かっていった。

 すると、何故だかS渡辺も立ち上がる。まだ食事の最中だというのに。僕が「どうしたんだ?」と尋ねると、彼の返答に驚かされた。

「お前はどうする?」

「ん? な、なにが?」

「喧嘩」

「えっ? な、なにが?」

「俺は行くけどお前は?」

「いや、行くも何も意味が……」

「おいおい。まさかあのまま、でんが黙って帰ったと思ってるんじゃないだろうな」

 やれやれ。と呆れ顔でため息を吐きながらそう言われた。

 待ち伏せ。それはでんちゃんなら大いにあり得るアメーバのような行動だった。

「でもケンカは……」

「ああ。条件も揃ったな」

「条件?」

「たまたま。そう、たまたま俺とお前は外で喧嘩してるであろうでんと遭遇する。喧嘩の理由は“もちろん知らない”が、親友が多勢に無勢だ。助太刀することに是非はないだろう。常識的にも」

 S渡辺はそう言って不敵に笑った。

 なるほど。実に理に適った発言だ。いろいろと。なにかホッとするような笑みが僕の心から自然と溢れた。

 結局はS渡辺も、よっぴの陰口を聞いてる時からやはり怒っていたってこと。どこまでが計算かは解らないけど、同じ規律違反を犯すにしてもS渡辺とでんちゃんでは流儀が違うということ。

 結果が同じでも辿る経緯に手本はない。十人十色。千差万別。二人が口論を始めた直後に空気に撤する僕の行動も然りだ。

 そう考えると、僕が一番、心の無い人間なのかもしれない……。

 ちなみに敢えて説明の必要はないだろうが、この後のS渡辺とでんちゃんの関係に変化は一切ない。親友のまま。

 ちなみに敢えて説明したくないのだけど、僕はケンカが弱い。中学一年の時に年上とはいえ、女(一応)である姉ちゃんに“殴りあい”で本気で負けるほどに……。

 えっ? S渡辺?

 いや、それは言うなっていわれてるから教えられない。ただ、笑ってしまった。しかも残念ながら敵味方関係なく。

 それはそうだ。頭が良くてケンカが強かったら、それはただの嫌味だから。そんな奴と誰が友達になってやるものか。

 人間は欠点ももちろん必要だ。

 などとほくそ笑む僕は、やはり心の無い人間なのかもしれない。










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