第13話 正義の形

文字数 936文字

 世の中、見て見ぬフリをするほど難しい事はない。

 それだけ人の五感は常に好奇心旺盛だってこと。


 ぎゃっはっはッッ!!

 近所のファミレスの店内。今さっき注文を終えたばかりの僕たちを襲う耳障りな笑い声。

「ぎゃはっはッッ、ぎゃっはっはッッ!! ってかマジ? マジでマジ!?」

 僕たちの斜め後ろの席に座っている、四人組の男たち。

「チッ、うるせーな」 

 と、言ったのは僕の隣のでんちゃん。不機嫌な顔をして無煙タバコ(飲食店限定)をくわえる。

「やめとけよ、でん」

 対面のS渡辺の眼差しはまるで子供を叱る親のよう。

「わかってるてーの、んな事。こんな公の場で暴れるかって」

 珍しく大人なでんちゃん。まあ、煙が出ないだけでスパスパと慌ただしく吐き出される下品な音がしっかりとその本心を語っているのだが。

「ぎゃっはっはッ! ってかマジありえなくねー? お前マジであんなブデブにコクられたん? あんなブスでデブのブタ女に!?」

「笑いすぎだって。これでも結構キズついてんだから“俺”は。いくら人を好きになるのに違法はないってもよォ、限度ってもんがあるだろうが限度が! 分をわきまえろって感じだよマジで。ってかブデブなんて存在そのものが違法だって、なあ」

「なあ。って、ひでー。まあ、正論だけどな」

 ぎゃっはっはッッ。

 彼らはすでに食事を終えている。だからきっと僕たちとの間に真逆の温度差が生じているのだろう。驚く事に僕の足もでんちゃんの真似をして貧乏揺すりをしていた。タバコをスパスパと連射する堪え性の無いでんちゃんと同じように……。

「なんだよ、お前まで」

 S渡辺のひややかな視線。ため息が与えてくる圧力はもう少し重い。

「単純に自己責任だ。他人の声に苛立つくらいまで過敏に反応してるのは、それだけお前らが腹を空かせすぎてるからだ。もう二十年以上も生きてるんだから、それくらいは調節できるだろ。自然によ」

 満腹感も腹八分目なら、空腹感も八分目。

 ……S渡辺よ、あなたは本当に生きてて楽しいですか? そんなに正しい理屈ばかりで。

 むしろこっちがため息を吐いてやりたくなった、その時だった。 斜め後ろの男たちから思いがけない発言が飛び出したのは。


 よっぴ。


 確かに男たちはその名を口にした。


《次項に続く》
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