第12話 威風堂々と

文字数 933文字

 男の威厳は髪の分だけ失われる。


 きゅうさん。こと山田九さんは、今年35歳になる僕の職場の上司。

 ヤンキーあがりで、チンピラ口調で、態度もでかでかで、それはそれは恐い人。

「お前、世の中や仕事はナメてもいいけど、俺はナメんなよ」

 新入社員なら誰もが威圧された名言中の名言。

 風が吹いても決して乱れる事のないそのリーゼントを、あなたの強さの象徴だと僕たちは信じて疑わなかった。

 いや、本当は疑っていたんだ……だってその髪から生命の息吹を感じたことが“一度”もなかったのだから。

 時の刻みを忘れた石のような髪。

 だからどうか気にしないでほしい。

 アルバイトの新人に名言を吐いてる最中に“突風”が吹き抜け、地面にぱさりとあなたの“威厳”が落ちてしまっても。

 ヤンキーあがりで、チンピラ口調で、態度もでかでかで、そんなあなたの愛想笑いなんてみたくないから。

 きゅうさん……の#九__・__#の字が#急__・__#に改まり、その語尾にハゲさんが付け足され、「急にハゲさん」。と付き合いの短いアルバイトの方たちは、あなたをそう呼び嘲笑するが、どうか強さを履き違えないでほしい。

 バカにされているのに、ヘラヘラと笑うのは、弱さの証です。

 同じ生命体でありながら格下だと自ら認めた最低最悪の卑下です。

 男の威厳は髪の毛の分だけ失われる。

 確かにそれが不意に訪れた時には僕たち“付き合いの長い連中”も笑った。

 けれど、人が見た目だけで判断されるのは初対面の時だけ。

 僕たちはあなたの内面をよく知っている。

 だからどうか勘違いしないでください。


 外見だけがあなたの全てではない。


 きゅうさん。

 ヤンキーあがりで、チンピラ口調で、態度もでかでかで……そこにハゲの二文字が加わったくらいで背中を丸めないでほしい。

 男の威厳は髪の毛の分だけ、失われはしない。いや、人は。

「外見なんて気にするな。そんな容易に変える事のできる部分に、あなたの真意はありはしない」

 この声があなたの心に届きますように。

 背筋をぴんと張りますように。

 そうでないと、あなたの事を知る僕たちがやりづらいから。

 頑張れ。恥をかくのも人生勉強の一つなんだから。

 そう、恥をかくのも。

 僕だって。いや、誰だって。Yだって……。












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