──その終

文字数 1,384文字

 僕は心の中で呟いていた。なるほど、だから寝言を発してる人に話し掛けると寿命が縮むと言われているのか、と。

「よう、“ボト子”。遊びに来てやったぞ」

 ボトケの耳元にS渡辺が座り、ちょっと悪っぽい表情を作りながらそう言う。

 すると……。
 
「ごぎゅ、ごぎゅ。あら、ずわいさんお久しぶり」

 と、返事をした。まるで起きているかのように正確に。もちろん、ボトケは寝ている。そんなのは声の調子で容易に解る。

 では何故こんな不可思議な現象が起こるのだろうか?

 科学的な説明はもちろん出来ないけれど、ヒントは“寿命が縮む”という噂にあると僕は考える。

 脳味噌の使いすぎ。

 これだけ現実世界に飛び出すほどの声を張り上げて夢を見てるってことは、それだけ活性化してるってことではないだろうか。脳だけ。そう、他の細胞は睡眠に負けているのに、脳だけ。

 普段は30%しか使用されてないといわれてる人間の脳、今のボトケはその数値を超えているのかもしれない。

「そういや、この店、やどかりに来たの久しぶりだったな。元気だったかボト子」

 悪ノリS渡辺。僕は少し恐くなっていた。まさか本当にこのまま会話を続けていけば脳の使いすぎでボトケが死んでしまうのではないかと……。

 けれど、店の名前を“やどかり”としたS渡辺のさすがのセンスに僕はどうにも笑いを堪えられなかった。

 まあ、笑ってしまったからには、このまま事の成り行きを黙って見ることとしよう。
 
 仕方ない、人は笑うのが大好きな生きものなのだから。


 ◇◇◇


「ところでボト子、なんでおまえが俺の接客してるんだ?」

「ごぎゅ、ごぎゅ。だってずわいさんは……えっ!! ま、まさか! 最近ナンバーワンになった……」

「どのサイボーグを指名するかは客の自由だ。ボト子、俺はおまえのその貧弱なアルミ製のボディに飽き飽きしてるんだよ。やっぱりこれからの時代は鋼よハガネ。たらばを呼んでこい」

「ごぎゅ、ごぎゅ。そ、そんな……あんなにあたしの体を触って、ペコっぺコっと音が鳴って気持ちいいって言ってたのに……裏切るのね、ずわいさん!」

「ああ、男は本能のままに生きる生きものよ」

「ごぎゅ、ごぎゅ。キーーッッ! くやしい!」

 会話だけで他者にも世界観を与えてくれる二人。そのレベルは夫婦漫才の域に達してるのかもしれない。

 だって僕は笑いすぎて腹が痛いのだから。

 それにしても恐るべきはS渡辺の脳の回転力だ。次から次へと質問を繰り出し、ボトケの夢なのに自分のペースにもっていってる。本当に恐い奴だ。

 などと、改めてS渡辺に畏怖の念を抱いていると、ふと目の当たりにしたありえない光景に僕は目が点となった。


 眠っている……二人とも。そう、S渡辺も座ったまま。


「ごぎゅ、ごぎゅ。そう、だったらいいわ! 呼べばいいんでしょ、呼べば。たらばを、ええ、ナイスボディ・鋼のたらばさんを」

「ふふっ。拗ねるなよボト子。冗談なんだから。俺が資源ゴミを捨てるわけないだろ」

「ごぎゅ、ごぎゅ。ず、ずわいさん!!」

「抱きついてこい。またおまえの体をペコっペコっとしてやるから」

 ………寝言と寝言。寿命と寿命。

 もし、このまま二人が会話を続けたら……そう考えると僕は、気付けば二人の頭を殴っていた。

 何度も何度も。

 二人が目覚めるまでずっと。

 パンドラの箱。絶対に二度と開けません。と神様に誓い続けながら。









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