──その終
文字数 2,287文字
「弟よ! お前は男とは何と心得る? 男として忌憚のない意見を述べよ!」
急に僕に話を振るバカ姉ちゃん。しぃもぴよちゃんも注目してくる。
「逃げないで、シラフだからこそ本音で言ってみて」
しぃの妙なプレッシャー発動。シラフだからこそ言えるか! と思いつつも、僕は姉ちゃんとしぃに逆らえなかったりする。
「……えーっと、そ、そりゃあ……ま、護るよ……。男として……」
「何からよ?」
「て、敵……とか?」
「敵? 何よ敵って? ってかなんでアンタも疑問系なのよ」
「じゃ、じゃあ災害とか?」
「じゃあってナニよ? だからなんでアンタも疑問系なのよ」
……姉弟故にそろそろ姉ちゃんがキレそうなのが分かった。だから僕は「……」と下を向いてやり過ごすようにした。
「しぃちゃん。どう、今の回答?」
わざわざ問いますか、姉よ……。
「どうって、そうねぇ」
な、何故に答えようとするしぃよ。
「──護ってくれるのは嬉しいけど……」
「けど?」
姉ちゃんがわざわざ僕を見る。
「けどー?」
ぴよちゃんも真似する。
「けど?」
気付けば僕もそう言っていた。
「正直、護りたい気持ちは同じなのよ。あなたに困った事があったら私が護りたいのよ。それが敵であれ災害であれ、何からも。だから私を護るって事に責任を感じて欲しく無いの。助け合いましょ。何事も。平等に」
しぃはいつも真っ直ぐだ。そして僕の事を優しく包んでくれる。そんな彼女から僕はいつも嬉しいを頂いている。
好きになったもんはしょうがないじゃん。
「違うわよ」
姉ちゃんが唐突にそういった。まるで僕の思い出を砕き壊すかのようにピシャリと。
「──アンタ今、ほんわかとした気分になっているようだけど、違うわよ」
「な、何が違うんだよ?」
「何もかもよ」
「何もかも?」
「弟よ、今はね──少しチャラけた場なの。面白ろ可笑しく話している、そんな緩い場なの。私としぃちゃんはアンタの間抜けな発言に面白半分に乗っかっているだけなの」
何を言っているのか分からなかった。分からなかったからしぃの方を見ると、彼女が申し訳なさそうに下を向いたのでそこで初めて温度差に気づいた。
「しぃちゃんのさっきの発言、なんか違和感なかった?」
そう問われて、僕は正直、あった……と思っていた。語尾に3つ続いていた、助け合いましょ。何事も。平等に、が何かをしつこく訴えているな、と。
「弟よ、役立ちなさい。一緒に住んでいて、アンタもしぃちゃんも働いているんだから、アンタも役立ちなさい!」
まるで叱られているかのような強い口調に僕は思わず背筋がピンっと張った。
「……食事作りと洗濯は私がやるから、それ以外の事を率先してやってくれると助かるな」
しぃはそう言った。
僕は──あっ、そうか、ここに繋がるんだ……とようやく気付いた。
もちろん僕に反論は無かった。あったかも知れないけどその前に姉ちゃんに、「先に言っておくわよ。たまに、と率先は全く違うから」 と言われたので、やはり反論は無かった。
掃除と茶碗洗いは僕がやる。
よく考えると、2人で住んでいて、どちらも働いているのだから、それは当たり前の事だと思った。
「言われる前に気付なさい。ったく」
「たくー!」
ぴよちゃんにもそう言われて僕は益々落ち込み、そろそろトイレにでも逃げよかと考えた──その時だった。
「ギャッ!!」
と、ぴよちゃんが悲鳴を上げた。
「──あれ、あれ、ぐわーがいるの」
ぴよちゃんが言う、ぐわー、とは虫の中でも特に嫌いな虫の事で、まさにそれが壁を這い上がっていた。
ゲジゲジさんが……。
確認した瞬間、誰もが押し黙った。
やや暫くしてから姉ちゃんが立ち上がると、ティッシュ箱から3枚取り出してから僕の方にやってきて、「んっ」と手渡してきた。
僕は、何が、んっ。なのか分からなかった。分からないけれど、姉ちゃんが表情で、役立つチャンスよ、みたいな顔をしてきたので
そのまま分からないで押し通すのは無理となった。
役立つチャンス。
……けれど、残念ながら僕もぐわーは苦手だった。
どうしようかとやや暫く突っ立っていると──「えっ、マジで?」と姉ちゃんに物凄く嫌な顔をされた。
そして姉ちゃんは溜息を吐き、それから気合いを入れるかのように新鮮な空気を思い切り吸い込み、「よしっ!」と語勢を強めると、僕の手からティッシュを奪い取り、ぐわーの元に勇敢に向かっていった。
「覚悟しなさい! このっ!」
声で自信を奮い立たせながら、ぐわーの捕獲成功。
──が、
「キャ、キャー、これからどうしよう! 足りないわ、足りないわしぃちゃん。こんな程度の枚数じゃ全然足りないわ! 手に感触が、感触が!!」
すかさずしぃがティッシュ箱から大量の枚数を取り出して救出に向かった。ぴょちゃんもママ(姉ちゃん)のピンチを救おうとして取り敢えずぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
僕は……ただ黙って眺めていた。
そして5分後にようやく事態が収束をすると、しぃは言った。
「凄いね、ゆうちゃん。有難う。助かりました」
「ママ、ママ。すごーいね」
「そりゃあ頑張るわよ。しぃちゃんとぴよを怖がらせやがって、この、この、このってね。どう、ぴよ? カッコよかった?」
「うん、カッコいい。ママ大好き」
同じ目的を果たしたが故の結束感。僕は……彼女たちに何かを言われる前にトイレに行った。
そして、トイレの中で考えた。
確かに、役立っていないな……と。でもそれを深くまで追求していくとも物凄く落ち込みそうだったので、その前にトイレ掃除を開始して、時間と、あわよくば役立っているアピールをする事にした。