第15話 やはり笑ってはいけない話

文字数 1,165文字

 Nことナガは少々怒りっぽい。特に夏は怒りっぽい。

 毛深いからだ。

 だからナガは僕たちが海へ行こうと誘うと烈火の如く怒る。もう一つの自慢である顎を豪快にくいっくいっとさせながら。

 それだけ去年の海水浴は奴にとって忘れることの出来ない悪夢だった。


 誰が悪いと指を差せば当然その場に居た全員なのだが、誰もが責任転換をするとしたら、よっぴに視線を向けるだろう。

 言い出しっぺがよっぴだったからだ。

「ねえ、なんか海に行きたくない? 車でびゅーんとさ」

 早朝4時。それを名案だと声を揃えたのは、寝苦しい熱帯夜のせいであり、不眠特有の妙なテンションのせいでもあり、そしてなによりこの部屋の中でナガだけがすやすやと安眠していたからだ。

 うさ晴らしと悪戯に一握りの茶目ッ気をまぶしたドッキリ。寝て起きたら、そこは海でした。

 僕たちは必死に笑いを堪えながらナガを車に運び、なるべく静かに素早く海へと向かった。

 だが、案外この手の悪戯というは小学校の遠足のようなもので、楽しいのは過程までだったりする。

 つまり、目的の海に到着した途端、僕たちはナガなどどうでもよくなった。

 睡魔が僕たちの方にもやってきたからだ。

 だから僕たちは浜辺にレジャーシートとナガを置いてくると、太陽に睡眠を邪魔されないように車の中で寝ることにした。

 もちろん、ほどよいクーラーで快適に。

 まあそういう事なので、おやすみなさい。ナガ。


 ◇◇◇


「大変よ。ほんと大変よ! 起きて、起きなさい!!」

 ドンドンドンッ! と窓を叩く音も豪快に、いつもよりも強烈に鳴り響く目覚まし時計。その音量がどれだけ不快かというと、瞼をこじ開けた瞬間にしぃが寝返りをうち、その反動で飛んできた右手が光を確認したばかりの目に直撃したくらい不快だ。

「どうしたの?」

 しぃが言う。車のドアを開け、不快な音量で鳴り響くよっぴに向かって。僕の涙はまるで無視だ。

「ナガが、ナガが大変な事になってるの」

 僕の瞳も大変な事になってる。とは言わなかった。車の外にはボトケと田中も居て、どちらの顔も蒼白としていたのだから。

「ナガが、ナガが……いいから早く来て!」

 普段はどっしりと構えてる人間が慌てふためいてる姿というのは、酷く不安な気持ちにさせられる。

 僕はすかさずハンドルを握って逃げ出そうと考えたのだが、しぃがそのまま外に飛び出してしまったので残念ながら僕もエンジンを切らざるをえなかった。

 嫌な予感。嫌な予感……外に出た瞬間、そこが見慣れない駐車場で、空の真ん中には燦々と輝く太陽があり、目の前には潮の匂いと青い海。寝起きの脳が“ここがどこだか”をすっかりと思い出すと、僕はとても嫌な予感がした。

 ドッキリ……。

 ザザーッ。ザザーッ。と風が波の音を無駄に運ぶ度に、僕の顔も青白く塗られていく。


《次項に続く》
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