──その終
文字数 1,355文字
「いらっしゃいませ。あっ、クロさん。こんにちは」
それは余りにも必然的で違和感のないコンビニ店員の接客対応だった。
僕に至ってはコンビニに着き、躊躇する事なく自動ドアを開けたクロネコの度胸と知識に驚いていたばかりだというのに。
「常連客なんですか? このクロネコは」
まさかと思いながらも店員に尋ねてみた。すぐに店員は「まさか」と答えた。
「だってクロさんは猫ですよ。お客さんなわけないじゃないですか」
そう言って店員は笑った。僕も笑って済まそうと考えたが、その前に店員の言葉にはまだ続きがあった。
「人気者。クロさんはこのコンビニのただの人気者ですよ。たまにこうしてお客さんも連れてきてくれますしね」
人気者。妙に的を射た意見に僕は納得せざるえなかった。
クロさんの後を追った。店員に人気者と言われるくらいその足取りは慣れたもので、順調に目的地を目指してるようだった。
途中、買い物客の親子がクロさんに近寄ってきた。
「ママー、ママー! クロたん。クロたんだよ!」
年齢はぴよちゃんよりも少し幼いくらいか。僕が思わず微笑んでしまったのは、そんな可愛いらしい女の子の呼び掛けにもクロさんは愛想をよくしなかったからだ。視線を正面から逸さない。相手が同性じゃなければ、猫撫で声であからさまな差別をすればいいのに。
でもだからこそモテるのが真のハンサムなのだろう、女の子はこれ以上はないってくらいの笑みを浮かべると、クロさんを抱き締め強引にちゅうをした。
僕はふざけるなよ。と思いながらも、それでも正面だけを据えて歩を刻むクロさんに、春風のような心地好さを感じていた。
クロさんは僕との約束通りに牛乳が陳列されてる棚の前で腰を落とした。
だが、その向きは背中とつまり逆だった。
「クロさん。それは冗句かい? 向いてる方向が逆だよ。そっちは珍味のコーナーで酒のつまみだよ」
僕がそう言うと、その台詞を聞いていた店員がくすりと笑った。
「チクワ。そこの棚にチクワが並んでるでしょう。クロさんの好物なんですよ」
チクワ……僕は思わず笑った。
「いいよ。このコンビニで一番高いチクワを奢ってあげるよ」
僕はそう告げてまた笑った。
それから僕たちは公園に戻り(先頭はもちろんクロさん)、ベンチの上で軽い食事をした。
「なあ、食事をしてる時に失礼なんだけど聞いてくれるかい。きみの事が凄く気に入ったんだけど、どうだい、うちで一緒に暮らす気はあるかい? きみならしぃも大歓迎してくれると思うよ」
クロさんはチクワを食べる動作をやめ、僕に視線を向けた。
考えてるのかい? とは訊かなかった。僕を見つめたまま何も答えないのが、答えのような気がしたから。
「そっか。やっぱりここが居心地いいんだね」
ごめんよ。今の話は忘れていいよ。と、言うとクロさんは僕から視線を剥がし、再びチクワに噛じりついた。
「じゃあそろそろ帰るよ」
クロさんが食べ終えるのを見計らってから僕はそう告げ立ち上がる。
そして僕がばいばいと手を振った直後、クロさんは初めて僕に言葉を残してくれた。
「なー」
また来いよ。
僕には確かにそう聞こえた。
「もちろんまた来るよ」
と僕は返事した。
クロネコのクロさん。
久しぶりに新しい友人ができた。そんな春の休日だった。
それは余りにも必然的で違和感のないコンビニ店員の接客対応だった。
僕に至ってはコンビニに着き、躊躇する事なく自動ドアを開けたクロネコの度胸と知識に驚いていたばかりだというのに。
「常連客なんですか? このクロネコは」
まさかと思いながらも店員に尋ねてみた。すぐに店員は「まさか」と答えた。
「だってクロさんは猫ですよ。お客さんなわけないじゃないですか」
そう言って店員は笑った。僕も笑って済まそうと考えたが、その前に店員の言葉にはまだ続きがあった。
「人気者。クロさんはこのコンビニのただの人気者ですよ。たまにこうしてお客さんも連れてきてくれますしね」
人気者。妙に的を射た意見に僕は納得せざるえなかった。
クロさんの後を追った。店員に人気者と言われるくらいその足取りは慣れたもので、順調に目的地を目指してるようだった。
途中、買い物客の親子がクロさんに近寄ってきた。
「ママー、ママー! クロたん。クロたんだよ!」
年齢はぴよちゃんよりも少し幼いくらいか。僕が思わず微笑んでしまったのは、そんな可愛いらしい女の子の呼び掛けにもクロさんは愛想をよくしなかったからだ。視線を正面から逸さない。相手が同性じゃなければ、猫撫で声であからさまな差別をすればいいのに。
でもだからこそモテるのが真のハンサムなのだろう、女の子はこれ以上はないってくらいの笑みを浮かべると、クロさんを抱き締め強引にちゅうをした。
僕はふざけるなよ。と思いながらも、それでも正面だけを据えて歩を刻むクロさんに、春風のような心地好さを感じていた。
クロさんは僕との約束通りに牛乳が陳列されてる棚の前で腰を落とした。
だが、その向きは背中とつまり逆だった。
「クロさん。それは冗句かい? 向いてる方向が逆だよ。そっちは珍味のコーナーで酒のつまみだよ」
僕がそう言うと、その台詞を聞いていた店員がくすりと笑った。
「チクワ。そこの棚にチクワが並んでるでしょう。クロさんの好物なんですよ」
チクワ……僕は思わず笑った。
「いいよ。このコンビニで一番高いチクワを奢ってあげるよ」
僕はそう告げてまた笑った。
それから僕たちは公園に戻り(先頭はもちろんクロさん)、ベンチの上で軽い食事をした。
「なあ、食事をしてる時に失礼なんだけど聞いてくれるかい。きみの事が凄く気に入ったんだけど、どうだい、うちで一緒に暮らす気はあるかい? きみならしぃも大歓迎してくれると思うよ」
クロさんはチクワを食べる動作をやめ、僕に視線を向けた。
考えてるのかい? とは訊かなかった。僕を見つめたまま何も答えないのが、答えのような気がしたから。
「そっか。やっぱりここが居心地いいんだね」
ごめんよ。今の話は忘れていいよ。と、言うとクロさんは僕から視線を剥がし、再びチクワに噛じりついた。
「じゃあそろそろ帰るよ」
クロさんが食べ終えるのを見計らってから僕はそう告げ立ち上がる。
そして僕がばいばいと手を振った直後、クロさんは初めて僕に言葉を残してくれた。
「なー」
また来いよ。
僕には確かにそう聞こえた。
「もちろんまた来るよ」
と僕は返事した。
クロネコのクロさん。
久しぶりに新しい友人ができた。そんな春の休日だった。