第9話 笑ってはいけない話
文字数 1,769文字
なにも目のやり場に困るのは水着姿の女性ばかりとは限らない。
Nくん。冒頭の魅惑が小悪魔なら、奴のそれは魔王に匹敵する。
その日、Nくんことナガは大変怒っていた。
「ふざけんなよお前、お前ふざけんなよッ!」
よっぴの家で鍋パーティの最中、必要以上に前に飛び出すアゴの荒らくれ具合が、彼の怒りの度合いを容易に表す。
「そんなに怒らないで。ごめんして。ごめんしてよ」
と言ったのは家主であり怒りの原因でもある、よっぴ。
「さっきジャンケンしたよな。ジャンケンしただろ。鍋の中の最後の一枚の牛肉を誰が食べるかって。っで俺が勝っただろうがッ!」
確かにそんな内容のジャンケンを、ほんの十秒前にした。
「だから、ごめんしてって謝ってるじゃない。つい魔がさしたって」
確かによっぴのでっぷりとした腹は僅か十秒の壁さえも簡単に打ち破るほど、魔がさしそうだ。
「許せるかッ! 許してたまるか。俺はこの肉をシメとして食うと決めた時からその分の米と腹を空けておいたんだぞ! どうすんだこれ? 肉で巻いて食べようと思って茶碗に残しておいた米を!」
小さい話だと思いながらも、その気持ちは痛いほど分かった。
よっぴが悪い。
けれど、二人の当事者を抜かした三人の傍聴者(僕も含む)たちは、誰もがそれを声にだして咎めようとはしなかった。
Nくんのアゴが“最初”からしゃくれていたからだ。
「ふざけんなよ。ふざけんなよ、このやろうッ!」
普段から力強いそれが怒れば怒る程に力を増していくのだから、僕たちは笑いを堪えずにはいられなかったのだ。
「なあ、どう思うよ? 黙ってないでなんとか言ってくれ」
突然の反則攻撃。事もあろうに奴は、僕に視線を向けてくる。
「なあ、どう思うよ。マジで」
くいっ、くいっ。
「マジで、マジでよ」
くいっ、くいっ。くいっ、くいっ。その辺で僕は視線を下に逃がした。
「ありえねえ。いきなりシカトかよ。マジ、ありえねえ」
身勝手なNくん。友達ならこのありえない事態を瞬時に察してほしいものだ。
笑ってもいいのかい? 指を差してゲラゲラと。
このありえない“寝たふり”は、僕の人としての当たり前の優しさだ。
◇◇◇
まあ、そんなこんなでナガとよっぴ以外の三者は寝たふりをした。
「ごぎゅ、ごぎゅ。ぐ、ぐがー。ぐ、ぐがー。ごぎゅ、ごぎゅ…」
不自然極まりない奴が一名。
「くっ、くちゅんッ」
いや、二名……おまけに、しぃは余計な言い訳までした。
「わっ。わっ、びっくりした……わたし、今くしゃみしたでしょ? お、思わず飛び起きちゃったわ」
「……よーし、ふざけるな。お前ら全員起きろ。いや、寝たふりをやめろ」
ナガの当然の怒り。さすがに僕たちは目蓋を開けるしかなかった。
「っで、何でおまえらは寝たふりした? 寝たフリした理由はなんだ?」
くいっ、くいっ。くいっ、くいっ。
しぃの視線が僕に「もうムリ、もう限界」と訴えてくる。
その時だった。ボトケが奇跡を起こしたのは。
「ごぎゅ、ごきゅ。あーら、たらばさん。今度はプラチナ? いいわね、人気ナンバーワンは」
どこかで聞いた事のある台詞。見ればボトケは涎を垂らしながら寝たフリを……いや、眠りに落ちていた。
「ごぎゅ、ごぎゅ。今日はずわいさんは来ないのかしら? クセになるのよね、あのサイボーグ心を弄ぶ話術は……」
パンドラの箱。それをチャンスとし、僕はこれみよがしに一気に笑いを吐き出した。
「寝言だ。ボトケが寝言を始めた」
ゲラゲラゲラ。「えー、これが寝言なの?」などと驚嘆の色は様々だったが、つられてしぃもよっぴも笑った。
一人不服の色を隠せないのは、やはりナガ。だが僕がパンドラの箱を開けてしまった時の恐ろしい体験談を語ってやると、諦めたように笑った。
あとは流れるままに。根本がくだらない怒りなど、笑いに勝るわけもない。
つまり、うやむや。
まあ、不本意だが、これも一つの最良の手段だろう。
なにせ人の容姿は絶対に笑ってはいけないものだから。
だってそこに本人の意志は含まれていないのだから。
ただ持って生まれたもの。
見た目。そこに特別な意味はないし、優劣は存在しない。
だから笑ってはいけない。人の容姿は絶対に。
……あっ、ちなみに例によってナガというあだ名も本名とはまるで異なるのだが、ナガとはそのまま長いの略だ。
Nくん。冒頭の魅惑が小悪魔なら、奴のそれは魔王に匹敵する。
その日、Nくんことナガは大変怒っていた。
「ふざけんなよお前、お前ふざけんなよッ!」
よっぴの家で鍋パーティの最中、必要以上に前に飛び出すアゴの荒らくれ具合が、彼の怒りの度合いを容易に表す。
「そんなに怒らないで。ごめんして。ごめんしてよ」
と言ったのは家主であり怒りの原因でもある、よっぴ。
「さっきジャンケンしたよな。ジャンケンしただろ。鍋の中の最後の一枚の牛肉を誰が食べるかって。っで俺が勝っただろうがッ!」
確かにそんな内容のジャンケンを、ほんの十秒前にした。
「だから、ごめんしてって謝ってるじゃない。つい魔がさしたって」
確かによっぴのでっぷりとした腹は僅か十秒の壁さえも簡単に打ち破るほど、魔がさしそうだ。
「許せるかッ! 許してたまるか。俺はこの肉をシメとして食うと決めた時からその分の米と腹を空けておいたんだぞ! どうすんだこれ? 肉で巻いて食べようと思って茶碗に残しておいた米を!」
小さい話だと思いながらも、その気持ちは痛いほど分かった。
よっぴが悪い。
けれど、二人の当事者を抜かした三人の傍聴者(僕も含む)たちは、誰もがそれを声にだして咎めようとはしなかった。
Nくんのアゴが“最初”からしゃくれていたからだ。
「ふざけんなよ。ふざけんなよ、このやろうッ!」
普段から力強いそれが怒れば怒る程に力を増していくのだから、僕たちは笑いを堪えずにはいられなかったのだ。
「なあ、どう思うよ? 黙ってないでなんとか言ってくれ」
突然の反則攻撃。事もあろうに奴は、僕に視線を向けてくる。
「なあ、どう思うよ。マジで」
くいっ、くいっ。
「マジで、マジでよ」
くいっ、くいっ。くいっ、くいっ。その辺で僕は視線を下に逃がした。
「ありえねえ。いきなりシカトかよ。マジ、ありえねえ」
身勝手なNくん。友達ならこのありえない事態を瞬時に察してほしいものだ。
笑ってもいいのかい? 指を差してゲラゲラと。
このありえない“寝たふり”は、僕の人としての当たり前の優しさだ。
◇◇◇
まあ、そんなこんなでナガとよっぴ以外の三者は寝たふりをした。
「ごぎゅ、ごぎゅ。ぐ、ぐがー。ぐ、ぐがー。ごぎゅ、ごぎゅ…」
不自然極まりない奴が一名。
「くっ、くちゅんッ」
いや、二名……おまけに、しぃは余計な言い訳までした。
「わっ。わっ、びっくりした……わたし、今くしゃみしたでしょ? お、思わず飛び起きちゃったわ」
「……よーし、ふざけるな。お前ら全員起きろ。いや、寝たふりをやめろ」
ナガの当然の怒り。さすがに僕たちは目蓋を開けるしかなかった。
「っで、何でおまえらは寝たふりした? 寝たフリした理由はなんだ?」
くいっ、くいっ。くいっ、くいっ。
しぃの視線が僕に「もうムリ、もう限界」と訴えてくる。
その時だった。ボトケが奇跡を起こしたのは。
「ごぎゅ、ごきゅ。あーら、たらばさん。今度はプラチナ? いいわね、人気ナンバーワンは」
どこかで聞いた事のある台詞。見ればボトケは涎を垂らしながら寝たフリを……いや、眠りに落ちていた。
「ごぎゅ、ごぎゅ。今日はずわいさんは来ないのかしら? クセになるのよね、あのサイボーグ心を弄ぶ話術は……」
パンドラの箱。それをチャンスとし、僕はこれみよがしに一気に笑いを吐き出した。
「寝言だ。ボトケが寝言を始めた」
ゲラゲラゲラ。「えー、これが寝言なの?」などと驚嘆の色は様々だったが、つられてしぃもよっぴも笑った。
一人不服の色を隠せないのは、やはりナガ。だが僕がパンドラの箱を開けてしまった時の恐ろしい体験談を語ってやると、諦めたように笑った。
あとは流れるままに。根本がくだらない怒りなど、笑いに勝るわけもない。
つまり、うやむや。
まあ、不本意だが、これも一つの最良の手段だろう。
なにせ人の容姿は絶対に笑ってはいけないものだから。
だってそこに本人の意志は含まれていないのだから。
ただ持って生まれたもの。
見た目。そこに特別な意味はないし、優劣は存在しない。
だから笑ってはいけない。人の容姿は絶対に。
……あっ、ちなみに例によってナガというあだ名も本名とはまるで異なるのだが、ナガとはそのまま長いの略だ。