──その終

文字数 1,918文字

 答えは解った。

 真っ白いスポーツタイプの暴走車──が、たったいま一陣の風のように反対斜線を走り抜けていき、その制限速度超過の車を追い掛けるが為に、赤色灯の主はこんな田舎道まではるばるやってきたというわけだった。

 そしてそこで偶然にも僕たちに出くわした。

「ご、ごくろう様です」

 僕は取り敢えずそう言った。反対斜線でピタリと停止したパトカーのその窓越しに見える青い帽子を被った運転手に。

 追尾はしなくていいんですか? とは質問しなかった。だって黒塗りの車が青信号の前で止まっており、その車の前にはいかにも悪さしそうなバカと、地面に横たわった警官の図があるのだから。窓を開けてジーと僕を見つめてる若い警官に何も語る必要はないだろう。

 無言の圧力。赤色灯が余計な恐怖を演出している。

 さすがのでんちゃんも借りてきた猫のようにおとなしい。

 やや暫らくの後、パトカーの助手席から年配の警官が出てきた。

「あー、きみたち、あー、ここで何をしてるのかな? あー、権力を誇示してすまないけど、あー、職務質問させてもらえんだろうか? あー、ほらそっちの君も」

 あー、が口癖のでっぷり腹の年配警官。でんちゃんが手招きに応じるくらいその穏やかな顔は比較的に親しみやすかった。

 けれど、それはやはり上っ面だけの話。警官は警官。年配警官がパトカーの方になにやら視線で合図を送ると、運転席から若い警官が警棒を片手に持ちながら降りてきた。

 注意深く僕達を観察しながら、まず若い警官が歩を進めたのは地面に横たわっている仲間らしき男の所だった。

 僕の隣で年配警官と視線を重ねているでんちゃんは何も言わない。

 いや、僕は願っていた。何もほざくな、と。

 願いは……。

 ──叶わなかった。

「あー、めんどくせー!!」

 吠えた。馬鹿がまた。

 さすがの僕も、もう限界だった。脳が刹那のタイミングで疲れた。ふらりふらりと力なく倒れてしまった。しかもこういう時に限って不幸は更に追い討ちをかけてくるからやるせない。

 倒れるついでに僕は吃り声の警官が乗っていた自転車に頭をぶつけてしまった。

 ああ、いいよいいよ……もうどうにでもしてくれ。


 ◇◇◇


 ガシャンと倒れた自転車のカゴにはスポーツバックが押し込まれていた。倒れた拍子にそれが年配の警官の足下へと滑っていく。

「ん?」っと一瞬だけ苦虫を噛んだような顔をした年配の警官だったが、やはり特権を生かして躊躇なく開ける。それと同時に若い警官が驚きの声をあげた。          

「ヤ、ヤマさん! この警官は偽物です。暗闇のせいでぱっと見は、それっぽいですけど、この制服はただ色が同じなだけで全くの別物です」

「あー、そうじゃろうな」

 ヤマさんと呼ばれた年配警官の全てを据えたような物言い。さっきまで穏やかさを一変とさせ、キラリと輝く鋭い眼差しで、スポーツバックの中から一般人ではなかなか目にすることの出来ない怪しい道具を次々と取り出していった。

「ヤマさん、それって」
 
 どこから持ってきたのか、懐中電灯でその怪しい物たちを照らす若い警官。

「ああ、若井くん。あー、どうやらその男は最近ここらで騒がれてる、あー、警官の姿を装った空き巣犯のようじゃな。まあ、まだ憶測でしかないわけだが、あー、取り敢えず保護と職務質問って名目で、あー、パトカーに乗せておきなさい」

 嘘みたいな本当の話。

「あの、僕たちは?」
  
 薄れゆく意識の中でそう尋ねたのはたぶん僕だ。

「あー、まあ、あー……まあ、今回は見逃してあげよう」

 確かヤマさんはそう言った。すぐに僕の頭の中は安眠を求めるように真っ白になったので定かではないが。

 なので数日後にでんちゃんに会い、事の顛末を聞くことにした。すると奴は意外性のない答えを返してくれた。


「めんどくせー」

 ………なのでこの話の結末は僕もよく解らない。

 ただ僕とでんちゃんはその後なにもなく、普通に生活している。

 暴力事件を起こしたのにもかかわらず……。

 警官(本物の方)を殴ろうとしていたのにもかかわらず……。

 思考回路が危険なのにもかかわらず……。

 まあ、それだけ世の中は実は物凄く折り目が正しいわけではないのかもしれない。曖昧。そういえばそれで話や行動が終わる事も過去に幾度もあったような気がする。

 人生には答えのない答えもある──のかもしれない。

 ただ、でんちゃんは一度くらい捕まれば……いや、一応は友達なので敢えてその発言はしないでおこう。
         
 こんな危険な奴でもいないと淋しいから。

 ほら、手の掛かる奴ほどかわいいって言うし。 

 まあ、バカだけど。 

 勢いだけのバカだけど。


「本当にバカだけど」 








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