──その2
文字数 2,182文字
スマホは確かに便利だけど携帯電話だってまだまだ捨てたものではない。ワンセグで鮮明にテレビが観られるのだから。ただ小さいけれど……クイズ番組の3択の文字がよく確認できないほどに画面は小さいけれど。
「こんなの2番に決まってるじゃん」
「あっ、本当だ。しぃちゃん頭いいわね」
「しーたん頭いいー」
ソファー席を陣取る無法者たちは僕と同じ番組を観ていたりする。しかもクイズが好きな僕とは対照的にそんなにも興味がないくせに32型のワイド画面で堂々と。ほら、次の問題を無視してぺちゃくちゃとくっちゃべり始めた。クイズ道に反する奴ら。ちなみに今の問題の正解は三番の傍若無人だ。
「傍若無人っていえば、うちの母親って本当にヒドイのよ」
「どうしたのゆうちゃん? またお母さんに結婚を急かされたの?」
「そうなのよ。しかも今回は見合い写真っぽいのまで見せてきたのよ。信じられる? わざわざ父さんにお願いしてスマホで相手の人の画像を送ってきたのよ。どれだけ私を早く追い出したいんだっての。全く面倒くさいったらないわよ」
姉ちゃんはぴよちゃんの実の母であるが、結婚はしていなかった。その為に母さんがよく節介を焼く。だけど結婚する気の全くない姉ちゃんにはそれが邪魔くさく、しょっちゅうケンカをしては僕の所に避難してくるのだ。ちなみに僕に迷惑が掛かってる分、姉ちゃんの方が確実に傍若無人といえる。
それから余談になるのだけど、戸籍上では僕と姉ちゃんに父親はいない。細かな説明までは今はしないけれど、離婚をしていても繋がってる家族はあるってことで納得していただければ幸いです。
「──父さんも父さんよね。いくら今でも母さんの事が好きだからって、なんでも言いなりになっちゃうんだから。ったく父親ならまず娘を贔屓にしてって感じよね」
「うんうん、解るゆうちゃん。そうよねパパは娘には甘くいてほしいわよね。なんてったって娘はこんなにかわいいんだから。ねー、ぴよちゃん」
しぃの膝の上で頭をなでなでしてもらってるぴよちゃんも「ねー」とご機嫌に返事をする。僕は、うん、確かにぴよちゃんはかわいい。とダメ親父予備軍的発言をしてしまいそうになった。
「だいたい結婚ってなに? そんなに大事なの?」
「う~ん、そうねえ……」
しぃがちらりと僕を見る。視線が重なった瞬間、何故だか僕はそっぽを向いた。
◇◇◇
「──端的に言うと、同じ女性でもやっぱり生きてる時代が違うと価値観はまるで違うんじゃないかな」
「どうゆうこと、しぃちゃん?」
「20~30年前の世の中。そこにあった男性と女性の優劣は今よりも厳しかったと思うの。そんな枠の中で生きた人たちが、今の時代の恋愛を語るのは難しいんじゃないかな。だって知らないでしょ、私たちの親たちって。今の時代を生きる若者世代の事を。テレビで大まかな知識を得て、それでなんとなく順応してるようだけど、それはあくまでも机上の空論。私たちも親世代の青春時代を現実として捉えることができないように、親たちも私たちの事を理解できてないの」
「え、あ、ああ、そうね。うん、そうね……」
などと曖昧に頷く姉ちゃん。そんな姉ちゃんをしぃはさらに圧倒する。
「つまり、何も知らない人が口を挟んでくるのは筋違いってこと。当然でしょ、ゆうちゃん。自分の人生に導く人はいても、決めるのはやっぱり自分なんだから」
自分自身。
そういえば、しぃと付き合うようになった時もこんな台詞を言っていたっけ。
あの頃の僕は過去の恋愛の失敗をいつまでも引きずる臆病者だった。そんな僕にしぃは言ったんだ。
『好きになったもんはしょうがないじゃん』と。どんなに拒んでも彼女はそう言い続けていた。
好きになったもんはしょうがない。と。
僕は今、しぃにありがとう。と言いたい。
僕を好きになってくれて。
……などと過去の記憶に浸っていると、女性軍の話はすでに趣旨を変えていた。
「ってかさ、男が役に立つ瞬間っていつ?」
姉ちゃんのその問いに僕は「えっ?」と非常に驚いた。
「──一緒に住んで、それでとっても必要だと思う瞬間はいつ?」
……なにかとても飛び火のような気がした。いや、奴の事だからきっと僕にも言っているのだろう。姉弟故に奴の悪意のこもった心が透けて見える。けれど臆する事はなかった。何故なら、言ってやれ、しぃよ。僕の必要性を! と自信があったのだから。
──が、
「えっ……? う、うーん……そ、そうね……で、電球とか替えてくれるわよ……せ、背が私よりも高いから……」
「しぃちゃん。電球は女子でも替えられるわよ。足場を作ればいいだけだもの」
……残念ながら僕も姉ちゃんと同意見だった。
他にもあるだろ、しぃ。僕が一緒に住んでいて便利なところが。僕にはすぐに浮かばないけれど……何かが。
──が、
「……」
しぃは思慮するだけで、その答えは一向に口からは出て来なかった。
僕は、嗚呼……と項垂れた。
──自分でも役立つ瞬間が全く浮かばないけれど、まさかしぃにも無いとは……。
好きになったもんはしょうがないじゃん。
──僕は今さっき蘇ったその淡い記憶になんだか申し訳ない気持ちになった。
好きになったもんはしょうがないじゃん。
──いや、うん、でも、役には立たないみたいだよ……僕も浮かばないし……。
《次項に続く》