第60話 選択と責任転嫁

文字数 1,587文字

「何でこんなことになった。これからどうなるんだ……」

 父親に聞かせるわけでもなく、シヴァルは呟くように言った。

「……戦うことを選択したからだ。この先は領主が更に多くの兵士を連れて、この村にやって来るのだろうな。こいつは反乱だ」
「お前!」

 シヴァルは短く叫ぶように言うと父親に怒りのこもった視線を向けた。父親はそんなシヴァルの顔を見ても無表情なままで口を開いた。

「何て顔をしてる。俺がお前たちを焚きつけたとでも言うつもりか?」
「違うのか? 貴様があんなことを言わなければ……」
「言っている意味が分からんな。選択をして代償を払ったのはお前だ。俺が強制したわけじゃない」
「ふざけるな。あの状況でその後のことまで考えろというのが無理な話だ」

 シヴァルがそう言うと父親は少しだけ考えるような素振りをみせた。そして、ゆっくりと口を開く。

「ここを切り抜けた後、再びそれ以上の兵を送られるとまでは考えられなかったということか?」

 そこまで言われてしまうとシヴァルにも返す言葉がなくなってくる。しかし、言葉は出なくても怒りはそこにあった。

「違うな。お前はそうなってしまった事実の責任転嫁をしたいだけだ」
「違う。そうじゃない」

 反射的にそうは言ったものの、確かにこの父親の言う通りなのかもしれなかった。自分は責任転嫁をしたいだけなのかもしれない。あの時、武器を取れと叫んだのは捕えられたくなかったからで、その先のことを深く考えての行動ではなかった。ならば、その先のことを考えられていれば、このように手向かうことなどはしなかったのだろうか。
 ……分からない。

 いずれにしても、今はこの後のことを考えなければならない。誰の責任でこのようになってしまったなどは、最早どうでもいい部類の話だ。

「この後はどうなると思う?」

 シヴァルは率直に父親に尋ねる。一介の農民でしかない自分よりも傭兵だという父親の意見の方が、まだまともに状況を分析できるのではないかと思ったのだ。

「さっきも言ったが、こいつは反乱だ。領主がそんなことを許すはずがない。相応の兵を連れてお前たちを潰しに来るだろうな。ここの領主がどれぐらいの兵を揃えられるのかは知らないが」

 当然のことだった。これは反乱なのだ。父親が言うように農民の反乱などを領主が許すはずもない。

「……どうすればいい。助けてくれるのか?」

 シヴァルは呟くように言う。その言葉に父親は少しだけ首を傾げた。

「小さな地域の領主とはいえ、一介の領主であることには変わらない。その領主に例え俺がいたところで抗えるはずがない。二百、三百と兵を差し向けられれば、飲み込まれて終わりだ」
「ならば、あの時、抵抗などはせずに素直に村ごと捕まっておけばよかったということか」
「そうでもない。お前たちは家畜じゃない。もっとも、領主どもはそう考えているかもしれないがな。家畜ではない以上、殴られれば反撃もする」
「反撃した結果がこの有様だろう」

 シヴァルは自嘲するかのように笑って更に言葉を続けた。

「結局は虫のように殺されるだけだ」

 その言葉に父親は再び軽く首を傾げた。

「そうでもない。虫も集まれば面倒だ。特に小さな領主にとってはな」
「どういう意味だ」
「反乱を大きくすればいい」
「近くの村も誘って立ち向かうってことか? そんなことは俺たちだって一度は考えた。だが、無理だ。足並みを揃えて他の村と反乱するなどは。そもそも、俺たちは単なる農民だ。戦いの経験なんてないんだ。武器だって満足には扱えない」

 その言葉に父親は薄く笑った。その顔を見て瞬間的にシヴァルの頭に血が昇る。一体、誰のせいでこんなことになったのだと思ったのだ。

 だが、シヴァルはそれをすぐに否定した。きっかけを作ったのは間違いなくこの父親なのだが、それを選択したのは紛れもなく自分たちなのだ。先程、父親が言ったことに間違いはないのだ。
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