第44話 人外の力と不死の力

文字数 1,773文字

「分からないでもないが、その思いは随分と利己的だと思うがな。貴様も含めてこの状況には同情もしよう。この状況が酷いものだということは認めよう。だが、やはり私が貴様を救う理由にはならぬかな」
「私をではない。同情すると言うのであれば、妻と娘を。公国の民を救ってくれと言っている」
「ふむ……同じことだとは思うが……」

 彼女はそこで言葉を切って、少しだけ押し黙った。そして、再び口を開く。

「いいだろう。手を貸してやる」
「では……」

 その言葉に前のめりとなるグレイを彼女は片手で制した。

「焦るな。神の力とはいえ、全てを救えるわけではない。第一、私は神そのものではないのだからな。だが、貴様が願うことのいくつかは叶えられるはずだ」

 ……いくつかのこと。
 グレイは心の中で彼女の言葉を繰り返す。稀にみる彼女の端正な顔立ち。それが稀にみるほどであるがゆえに、その端正な顔が人外の者であるような不気味なものに見えてきた。

 いや、そもそも耳長種なのだから人外なのかとグレイは思い直す。

「いいだろう」

 選択の余地がそこにあるはずもなかった。グレイが頷くと彼女は少しだけ微笑を浮かべて見せた。

「貴様たちは貴様たちが言う神とやらにこうして慈悲をと望む。その向こうに何があるのか。それに興味がないわけではないのだ」
「どういうことだ?」
「悲劇を神の力で回避できたからといって、貴様らが望む物の全てを手にできるわけではないということだ。例え神の力を与えてもらうために、何らかの代償を払ってもだ。私たちはそれを嫌というほどに知っている。だが、知っているからと言って、貴様の代償の向こう側にある物を否定することも、また違うような気もするのでな」
「……代償……代償の向こう側」

 グレイは彼女の言葉を繰り返す。

「そうだ。その代償の向こう側を見せてもらおう。貴様には人外の力と不死の力を与える。人ではなくなること。それが貴様の代償だ。その力でこの凄惨な状況を覆してみせろ。そして、私にその代償の向こう側を見せてくれて」

 彼女はそう言うと少しだけ再び微笑んだ。

 ……不死。人外の力。

 神だと思っていたが、どうやら悪魔だったらしい。
 グレイの中で代償という言葉と共にそんな言葉が浮かび上がってきた。

 だが、いいだろうとグレイは思う。この凄惨な今を覆すことができるのであれば……。




 覚醒したグレイは一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。隣で眠るミアの穏やかな寝息を聞いて、自分が街の外れにあった安い宿屋の一室で寝ていたことを思い出す。

 悪夢ともいえるかのようなあの時の夢を見ていたようだった。全身の汗が粘ついている気がする。

 あの時から自分と娘のミアは歳を取ることがなくなった。それを不死というのであればきっとそうなのだろうとグレイは思っている。

 そして自分の身体能力。結局、この人外の力を持ってしても、妻のプレシアを救うことはできなかった。あの時、耳長種が言っていたように、望んだことの全てを手にすることはできなかった。

 プレシアだけではない。公国の民も少なくない数が結局は犠牲となった。人外となった能力があっても、たった一人では全ての者たちを救うべくもなかった。だが、それでも娘のミアは救えたのだし、同じように救えた公国の民も多いのもまた事実だった。

 グレイはもう一度、娘のミアに視線を向けた。ミアは変わらずに穏やかな寝息を立てている。

 自分と同じ不死の存在になってミアは感情を持たなくなった。いや、それは母親のプレシアを目の前で酷い殺され方をされ、それによってミアの心が死んでしまったからなのか。

 いずれにしてもこれらの全てがあの時、耳長種の彼女が言っていた代償の向こう側にあったものなのだろうか。それとも、それはこれら一部のことなのだろうか。

 それがどちらなのかは分からない。どちらにしても、自分はもう一度、あの耳長種と会わねばならないとグレイは考えていた。

 望む何かを手にしようとして、例え神の力を使ってでもそれを手に入れる。だが、手に入れたそれが、望んでいたものである保証などはないのかもしれない 
 
 自分たちのこの結末は、きっとそういうことなのだろうとグレイは思っていた。そして、それこそが代償の向こう側ということなのか。グレイ自身もこれまでに何度もそれを目の当たりにしてきた。
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