第43話 耳長種

文字数 1,608文字

「久方ぶりに人族の世に来たが、貴様たちは以前と少しも変わらずに、同族同士で殺しあっているのだな」
「耳長種……」

 グレイはやっとそれだけを言った。本や話では読んだり、聞いたりしたことがあった。魔法と言われる物を自在に使うと言われている不可思議な存在。

 魔法と言われるものが本当にあるのかは置いておくとしても、耳長種自体もこの目で見るのは初めてだった。

「耳長種か。けったいな名前をつけおって。見たままではないか。そこに何の尊敬も捻りもない」

 グレイの言葉を受けて彼女は不満げに呟くように言う。そして、グレイを一瞥した後で更に言葉を続けた。

「人族の王よ……無惨で慈悲の欠片もないような酷い光景だな。それこそ女子供も関係ない。それを神の名の下で行えてしまうこと自体が、きっと貴様ら人族の罪なのだろうな」
「……お前の仕業なのか?」

 言葉の意味が分からなかったのか、彼女は小首を傾げた。

「……お前が魔法と言われるもので時を止めたのか?」
「知っているか、人族の王? 貴様たち人族が魔法と呼ぶのは神の力なのだよ」
「神の力……神……ならば、助けてくれるのか?」

 再び問いかけるグレイに彼女は小首を傾げた。それを見てグレイは言葉を続ける。

「神なのだろう。これは神の力なのだろう?」
「神の力には違いがないが……」

 彼女はそこで一瞬だけ言い淀み、再び口を開いた。

「何故、私が貴様たちを助ける必要がある。私には貴様たちを助ける理由などはないと思うがな」

 彼女はグレイの言葉を遮るように言う。しかし、グレイは更に言葉を続けた。

「酷い光景なのだろう。神ならば慈悲の心があるのだろう? ならば、その心で助けてくれ」
「ふむ……」

 彼女は少しだけ考える素振りをみせた後、ゆっくりと口を開いた。

「貴様はいくつか勘違いをしている。まず、神の力と言われる物を持っているだけで、私は神などではない。そして、先程も言ったように私には貴様たち人族を助ける理由がない。それに例え神であったとしても、神は貴様たちを助けぬよ」

 素っ気なく言い放たれた勘違いという言葉。だが、言われた言葉の真意がグレイには分からなかった。それに神が自分たちを助けないとはどういう意味なのか。

「どうしてだ? 神は慈悲深く人族に寄り添ってくれるものなのだろう」

 グレイにとっては率直な疑問だった。

「神が慈悲深いと一体、誰が決めたのだ。貴様たちに寄り添うものだと誰が言った? 貴様たち人族が勝手に作ったいくつもの神。その神を作る過程で貴様たちが勝手に決めただけのものではないのか。考えてもみろ。神が慈悲深いと言うには、この世は悲しみで満ち過ぎている。そうは思わないか?」
「では、お前が言う神とは何だと言うのだ?」
「神とはどこまでも清廉な存在なのだよ。神が我々も含めて貴様たちに慈悲を与えたとするのならば、それは与えられたものではない。その慈悲は神が持つ清廉さの中で偶然に生まれ、もたらされた産物に過ぎないのだよ」
「……神の本質が何なのか。そんなことはどうでもいい。この状況が酷いとお前は思ったのだろう。悲しみで満ちていると思ったのだろう? ならば、救ってくれ。妻と娘を。この公国を! 神の力を持つというお前にはそれができるのだろう?」

 それがグレイの率直な思いだった。そんなグレイに対して、彼女は再び少しだけ考える素振りをする。

「久しぶりに人族の世にきて気が昂ったのかもしれんな。無惨な光景を目にして、思わず時を止めてしまった。そして、貴様が言うように私がこの状況を無惨だと思ったのは事実。だからこそ、時を止めたのだからな」
「頼む……神の力で俺たちを救ってくれ……」

 グレイはそう言って茶色の頭を垂れた。彼女が神だろうが、そうでなかろうかは関係がなかった。

 この地獄のような状況から救ってくれるのであれば、彼女が何者であろうが関係がなかった。そして、それと同様に神が何であるかも関係がなかった。
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