第20話 決意

文字数 1,716文字

 根城にしている屋敷に戻ったシモンは、手当を終えたクルトを前にして今後の対応について話し合っていた。

「こうなったら、次はこちらから仕掛けます。でなければ、殺されるのをただ待つだけです」

 クルトの言葉にシモンは無言で頷いた。実際に殺されかかったのだ。最早、クルトの言葉を否定することはできないのだろう。

「だがな、あれは俺の兄貴だ」
「血の繋がりはないですがね」

 その言い方にシモンはクルトに鋭い視線を向けた。だが、クルトは怯む様子は見せなかった。

「誰かがこの街の裏社会をまとめなきゃならない。でないと、この街は無茶苦茶になっちまう。それが分かっているから、鼻薬を嗅がせているとはいえ騎士団の連中も俺たちを黙認しているんですよ」
「分かってる。だから、俺とガイル兄さんでまとめているんだろう」
「兄さん……ね。まだ、そんな甘いことを言ってるんですか? 殺されかかったというのに」

 クルトが嘲笑するような様子を見せた。

「てめえ、その口の利き方は」

 腰を浮かせたシモンだった。だが、クルトの鋭い眼光がそれを押さえ込む。

「誰かがまとめなきゃならない。でも、誰だっていいわけじゃないんですよ」
「ガイル兄さんにはその資格がないと?」
「さあ、どうでしょうかね」
「クルト、お前も俺の父親には世話になったって言ってたろう?」
「俺が世話になったのはガジナールさんだ。ガイルさんじゃない」

 もっともな言葉でシモンには反論できない。そういう意味で言えば、シモン自身も同じではないのか。

「シモンさんがガジナールさんにも、ガイルさんにも恩義を感じているのは分かる。だが、ガイルさんは限度を超えちまった。シモンさんに巻き込まれて、俺まで死ぬのはごめんなんですよ」
「殺される前に殺しちまうってことか?」
「こうなった以上、それしかないですね。先に粉をかけてきたのは、奴ですから」

 クルトが冷たく言い放った。だが、クルトの言い分は間違っていない。このまま何もしなければ殺されるだけだろう。

 しかし、兄なのだ。血が繋がっていないとはいえ、兄として一緒に暮らして育ったきたのだ。いくら裏の社会で生きているとは言っても、単純にそれを割り切って殺しましょうとなれるはずもない。

 そして、それは兄のガイルにも言えるはずのことだった。血の繋がりがないとはいえ、自分は弟なのだ。一緒に暮らし育ってきた弟なのだ。それをあっさりと殺してしまおうなど……。

 やはり、全てはあの女が悪いのだ。あの女がガイルの前に現れてから、兄はおかしくなった。自分を明らかに遠ざけ始めたのだ。それまでは仲のよい兄弟だったはずなのに……。

 イベルダが現れてからガイルと自分の関係はおかしくなってしまった。ならば、イベルダがいなくなれば、兄と自分はまた以前のような関係に戻るのではないか。血の繋がりはなくとも仲のよい兄弟に。

 その理屈はシモンにとって至極当然のように思えた。イベルダがいなくなれば、最初こそはガイルも怒るだろう。悲しむのかもしれない。だが、それも最初のうちだけだ。そんな感情など、長続きがするはずもない。シモンにはそう強く思えてならなかった。

 いいだろう。ならば、やることは一つだ。自分から兄を奪ったイベルダを殺す。

 そう決意した時、シモンの顔に浮かんだのは笑みだった。そのシモンの顔を見てクルトが訝しげな顔をする。

「人を集めろ。ガイル兄さんの根城を襲うぞ。だが、兄さんは殺すな。捕まえれば十分だ。まずはイベルダの奴だ。奴を殺すことが最優先だ。そもそもこの絵を描いたのは、あのくそ女なんだからな。ぶち殺せ」
「ガイルさんを捕らえてどうするんですか?」
「話してみる。俺たちは兄弟だ。あのくそ女がいなくなれば、ガイル兄さんの考えだって変わるだろうよ」

 クルトは一瞬だけ押し黙った後で口を開いた。

「いいでしょう。どちらにしても先に動かなけりゃ、こっちがやられるだけですからね」
「ガイル兄さんとイベルダの売女が根城にしている館に間違いなくいるか。そいつを確認する方法を考えろ。それと、大きな騒ぎになる。騎士団の連中に鼻薬を派手に嗅がせるのも忘れるな」
「分かりました」

 クルトはシモンの言葉に大きく頷いたのだった。
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