第30話 嘆願

文字数 1,538文字

 その考えはネイトの中で日に日に高まり大きくなっていった。可能であれば一日中、カレンの傍らで看病をしてあげたいのだが、今は半年の中で一番忙しい収穫の真っ最中だった。だから、日中はひと時もカレンの傍にいてあげられないのが実情だった。

 カレンは六歳。ネイト自身もまだ十歳でしかないのだが、それでも収穫の時期ともなれば、その作業の大きな助けになる。

 猫の手も借りたいような収穫の時期に、体調が悪いとはいえカレンを休ませてくれるだけでもありがたいのだ。カレンも寝てさえいれば、いずれは体調も回復するだろう。

 ネイトは敢えてそう考えながら、収穫作業に精を出していた。それに、休ませてもらっているカレンの分も自分が働かなければとの思いもあった。
 しかし、いくらそう考えても熱が下がらない日が重なるに従って、不安を打ち消せるどころか、やはり不安はネイトの中で増大する一方であった。

 確かに日頃からよく熱を出すカレンだった。だが、やはりここまで熱が下がらない日が続くことは今までになかったはずで、それだけをとってみても今回の発熱はいままでのものとは違うのではないだろうか。

 そう考えていると、その考えはやがてネイトの中で確信へと変わっていく。奴隷の身である自分たちが、高額な薬を手にすることはできない。ましてや医者に診てもらうことなどはもっての他だった。

 だけれども、このままでは……。
 ネイトがそう考えた時だった。

 視界にネイトたちの主人であるルイーズの姿があった。ルイーズが使用人や奴隷たちが働く農場に姿を見せることは珍しいといってよかった。

 挨拶をする他の奴隷たちや使用人たちに向けて鷹揚に挨拶を返しながら、ルイーズはゆっくりとネイトがいる方向へ進んでくる。

 今だ。今しかない。
 ネイトは心の中で呟く。

 ネイト自身はルイーズと会話を交わしたことが殆どなかった。ルイーズに何かを命じられて、その返事をしたことがある程度だ。

 ……だけれども。

 ネイトは大きく息を吸い込むとルイーズの前に進み出た。急に現れたネイトにルイーズは一瞬だけ驚いたような顔をする。だけれども、すぐさまその顔に柔和そうないつもの笑顔を浮かべてみせた。

「ネイトだったね。急にどうしたんだい?」

 ルイーズが白い歯を見せて口を開く。今年、四十歳になると聞いているが、その顔を見る限りでは、まだ三十代前半にしか見えない。

「あ、あの……」
「どうしたのかな? 落ち着いて言ってごらん」

 口ごもるネイトを前にしてもルイーズは柔和な笑みを崩さない。

「ルイーズ様、妹を休ませてくれて、ありがとうございます」

 ネイトは一息でそう言うと頭を下げて言葉を続けた。

「ルイーズ様にお願いがあるんです」

「何かな? 別にカレンのことは気にしなくていいんだよ。そもそもカレンはまだ幼いからね。大した作業ができるわけじゃない。そうであれば、体調がよくなるまで休んでいる方が効率的だろうからね。で、お願いとは、一体何だね?」

 ルイーズは柔和な微笑みを消さずにネイトの言葉を促した。

「あ、あの、カレンの具合が全然よくならなくて。寝ているだけでは駄目みたいだから。それで、薬とか医者に診てもらえないかなって……」

 ネイトの訴えを聞いて、僅かにルイーズの眉間に皺が寄ったような気がした。

「ネイト、お前はルイーズ様に何てお願いを!」

 その怒鳴るような言葉と共にネイトは背後から頭を押さえつけられた。子供の力では抗えるはずもない物凄い力だった。ネイトは両膝を大地につけるだけでなく、そのまま上半身を折って額も大地につける格好になる。

「謝れ、謝るんだ、ネイト!」

 半ば怒声のような言葉を発して背後から自分を押さえつけているのは叔母、シャーリーンの夫であるイアンだった。
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