第65話 神の力を持つ者が思うこと

文字数 2,229文字

 「何も箒で行く必要はないだろうに」

 宙に浮かぶ箒に横座りで乗っているミアにミラーナは呆れた声で言う。

「何を言っている、耳長。魔女は箒と昔から決まっているのだ」

 ミアの前で箒にちょこんと跨った抹茶がミラーナにそう反論した。

 ……何がそう決まっているのか分からないし、そもそもミアは魔女ではないぞ。
 そう思ったミラーナだったが、面倒なので反論しなかった。そして、変わりに別のことを口にした。

「ぬいぐるみ、ミアのことは頼んだぞ。ひと時も目を離すな。箒に乗っている時は、周囲への目くらましを忘れるな」
「何度も同じことをうるさいんだぞ、耳長。そんなことは当たり前だ。任せておけ。ミアを守るためにおいらは生まれたのだからな。それと耳長、おいらのことは抹茶と呼べ。何度言えば分かるのだ」

 ミラーナは軽く溜息をついた。
 だがこのぬいぐるみ、口は悪いが己の役目だけはしっかりと心得ているようだった。
 次いでミラーナはミアに視線を向けた。

「食事は三度、ちゃんと食べて夜は早く寝るように。そして何よりも、危険なことをするでないぞ。ぬいぐるみの言うことをよくきくようにな。後、歯もちゃんと磨くのだぞ」

 その言葉にミアは笑顔を浮かべる。

「うふふ、何だかミラーナ様は母上のようですね」

 その言葉に当たり前だとミラーナは思う。ミアに言ったことはないが、これまで母親の代わりとなって、そのつもりで彼女を育ててきたのだから。

「そうだ、ミア。帰って来たら、一緒に私の故郷に行こう」
「ミラーナ様の故郷にですか? 人族の私などが行ってもよいものなのでしょうか」

 急で意外な申し出だったのだろう。ミアが驚いたような顔をしている。

「何、そんなに大層な連中ではない。神の力を持ち、その力の行使を是としていない連中がいるだけだ。時が止まった場所なのさ」

 自虐的だと捉えたのかもしれなかった。ミアが不思議そうな顔をしている。

 ミアが思っているほど自虐的になっているつもりはなかった。ただ、故郷の者たちの考えも分からなくはないとミラーナは思っている。自分たちの力を行使しても、この世は望んだ結果にならないことが大半なのだ。望んだ結果にするとすれば、永遠にその力を行使しつづける他にないのかもしれない。

 いや例え行使しつづけたとしても、望んだ結果とは徐々に離れていってしまうのではないだろうか。神にでもなろうというのであれば、それでいいのかもしれない。自分たちの力を行使しつづけて影響を与え続ける。きっと、それも一つのやり方なのだろうとも思う。

 だが、自分たちは神の力を持っているだけで、神になるつもりはないのだ

 ならば、最初から自分たちが持つ神の力は行使しないほうがいい。人族を含めて外部の者とは極力その関係を断って切り離してしまう。故郷の者たちがそう結論づけてしまったのも当然だとミラーナ自身も思っている。

「ミア、私が関わったゆえに、お主の父親には酷な運命をもたらしてしまった。いつかそれをお主の父親とお主にも謝らなければと思っていた。すまなかったな」

 その言葉にミアは明るい茶色の頭をゆっくりと左右に振った。その様子を見て、そういえばこの茶色の髪の毛は父親ゆずりだったのだなとミラーナはぼんやりと思う。

「ミラーナ様が謝る必要などは、きっとないのですよ。父上も納得して受け入れていたはずです。あの時のこと……その全てを覚えているわけではないですが、父上はそれまでのことも含めて、あの運命を納得して受け入れていたのだと私は思っています」

 そう言ってミアは少しだけ笑ってみせた。その笑顔を見てミラーナは少しだけ頷いて口を開く。

「そうか……では、気をつけて行け。私がここで何かを言うよりも、ミアが外で見聞きし、感じることの方がきっと幾倍も正しいのかもしれない。私はお前たちをここで、今と何も変わらずに待っている。だから、必ず帰って来い」
「はい。ミラーナ様こそ、朝は私がいなくてもちゃんと起きて下さいね。特に朝ご飯は一日の基本なのですから」

 ミアはそう言うとミラーナにとっては眩しく見える笑顔を浮かべながら飛び立っていった。

 別れの時はあっけなかった。そして、ミアが別れ際に浮かべていたその笑顔は、どこまでも期待で満ちているようにミラーナには思えたのだった。

 透き通るような青空の中で、小さくなっていってしまうミアたちを見ながらミラーナはふと考える。

 例え慈愛を施したところで、それが施された者の望む結果に全てがなるわけではない。それと同じように、それを施した者の望む結果にも全てがなるわけではない。それらが望む結果になることの方がきっと遥かに少ないのだろう。

 しかし、そうだからと言って慈愛を施すこと。それ自体を否定することは間違いなのかもしれない。
 
 人族の世界はそれが人族全体の罪であるかのように、多くの悲しみで満ちている。それらを俯瞰で見ていると、あまりの悲しみの多さに人族の全てを否定したくなるほどだ。でも、そんな悲しみの中にも希望というものも、また必ずあるものなのだ。

 それはミアを見ていてミラーナが改めて気づかされたことでもあった。悲しみで満ちているからといって人族の全てを否定し、切り離してしまうのは間違っていることなのかもしれない。

 何、結論を急ぐことはないとミラーナは思う。
 我々の時間は永久に近いのだから。
 
 青空の中に溶け込んでいってしまったミアたちを見ながら、ミラーナはそう思うのだった。
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