第62話 悪鬼

文字数 1,736文字

「待っていたのさ」
「私が現れるかも分からないのにか?」
「ふん。神とやらがどうなのかは知らないが、お前は優しいからな。俺が悲しみの場に身を置いていれば、いつかは再び姿を見せると思っていた」

 そう言われて彼女は不本意なのか少しだけ顔を顰めた。その顔を見ながらグレイは更に言葉を続けた。

「もう十分だろう。お前が見たがっていた代償の向こう側、その慈悲の先は十分に見たのではないか?」
「さて、どうだろうな……」

 そう言って彼女は周囲を見渡した後、グレイの隣にいるミアの前で視線を止めた。

「子供の前で随分と血生臭い」
「その言葉自体がお前の優しさだ」

 そう言われて彼女は再び大きく顔を顰めた。

「お前がどう思っているのかは知らないが、お前は優しく慈悲深い。神とやらとは違ってな」
「ふん。神の本質も知らない者が神を語るでない」
「知らないからこそ語れることもある」

 彼女はその言葉に反論するかのように再び大きく鼻を鳴らした。

「以前に会った時とは随分と物言いが変わった気がするな。それで、どうしたいのだ?」
「色々と知りたいことがある。俺が代償として払った物は人外の者となったということだったな」
「そうだな。あの時も言ったが、貴様が代償として支払った物は人としての全てだよ。お前は悪鬼となり、子の成長を見ることもなく不死の存在となった」

 自分の状態は悪鬼と呼ばれるものなのかと思うと、グレイは不思議と少しだけおかしくなる。何せ子連れの悪鬼なのだ。

「ミアをこうして俺の手元に残したのは?」
「悪鬼となったお前から子供を取り上げる必要も、子供から父親を取り上げる必要もないと思っただけだ。ただそれだけだ。深い意味などはない」
「……だから言っただろう? お前は慈悲深いと」

 口元に笑みを浮かべるグレイに気がついたのだろう。彼女は心の底からといったような面白くなさそうな顔をする。

 しかも、ご丁寧にミアの心理的な負担を考えてのことなのだろう。ミアの感情を失わせて自分の手元に残してくれたのだ。その事実だけをみても、彼女が優しく慈悲深い存在であることを証明しているようにグレイには思えた。

「代償を払って人地を超えた力を手にしたとて、本人が望むような結果にはならないものなのだよ」
「神は無慈悲らしいからな。それを俺に教えたかったのか?」
「さて、どうだったのであろうな。単にその結末に興味があったのかもしれん。望む結果にはならないと言ったが、それが絶対なわけでもない。そんなことはもう忘れたさ。ただあの時、貴様たちが置かれている状況に私が悲しみを覚えたのは事実。何、きっと神の力を持つ者の気まぐれだ」
「いい加減なものだな」

 正直、その結果を考えれば迷惑だったと思わなくもない。だがあの時、彼女が手を差し伸べてくれなければ、自身も含めてミアも酷い殺され方をしていたことは間違いなかった。そして、今の状況は自分がそれを望んだことの結果なのだ。

 結果が自分の意に反するからといって彼女に文句をつけるのは、あの農民が言おうとしていたことと変わりがないのだろう。

「それで、お前がここに来たのは何でだ? まさか、人族のこの殺し合いに胸を痛めてというわけでもあるまい。こんな殺し合いなどは、いくらでもその辺りに転がっている」
「そう自分たちを卑下するものではない。大げさに胸を痛めているとは言わないが、酷い有り様だとは思っている」

 今度はグレイが面白くなさそうに鼻を鳴らす番だった。

「それで、何で姿を現した?」
「少しだけ貴様には酷だったのではと思い直してな」

 そう言った後、彼女は少しだけ慌てた様子で再び口を開いた。

「慈悲深いといった話はもうよいぞ。元来、私は貴様たち人族に興味があるわけではない。ただ、私の気まぐれで誰かが不幸になり続けるのであれば、それは私の本意ではない」

 お優しいことだ。
 彼女が指摘していたようにそう思ったグレイだったが、それを口にはしなかった。

「俺が望んだことに対する結果だ。その結果が上手くいかなかったからといって、お前が気に病むことではない」
「気に病んでなどはいない。誤解するな。ただ、気まぐれの結果が気になっただけだ」
「そうか……」

 そう言ってグレイは一瞬だけ黙りこんで再びゆっくりと口を開いた。
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