第36話 黒色の炎

文字数 1,692文字

 カレンが外に出ると丁度、シャーリーンが麦藁を束ねているところだった。
 
 シャーリーン。母親の妹でカレンにとっては伯母にあたる。両親が死んでから自分と兄を育ててくれたのだ。当然、それに対する人としての感謝はある。だけれども、結局はただそれだけの話だとカレンは思っていた。

 兄のネイトを見殺しにした罪はこの伯母も同じなのだ。

 更に言えば、シャーリーンには夫のイアンとの間に二人の娘がいた。歳は十五歳になるカレンの二つ上と一つ下。年齢的にはまさにルイーズが好む年頃だった。

 もちろん既にルイーズが手を出しているのだが、その回数はカレンと比べると明らかに少なかった。

 基本的にルイーズは少女の年齢であれば、性の相手として誰でもよいようだった。それもあってのことなのだろう。明らかにシャーリーンは二人の娘を極力、ルイーズの目が届かないところで仕事をさせるような様子が伺えた。

 逆にカレンにはルイーズの目に止まる場所で作業をさせるのが常だった。それがルイーズに対してどれだけの抑止力になっているのかは分からない。しかし、実際に彼女たちよりもカレンがルイーズと同衾することの方が圧倒的に多かった。

 自分の娘たちを守るために、カレンを敢えて差し出している。カレンがそう思うのも無理のない絵面であった。

 外に出てきたカレンに気がついてシャーリーンが声をかけてきた。

「お勤めは終わったのかい? だったらこっちを手伝っておくれ。今日中にというのがルイーズ様のご希望だよ」

 ……お勤め。
 その言葉にも、それを普通に言い放つシャーリーンにも虫酸が走る。カレン全身に鳥肌が立つような感覚だ。

 自分がシャーリーの言うお勤めとやらをしてきたからこそ彼女の子供たちは、今日もルイーズに手を出されなくて済むのだ。一体、誰の犠牲の上にそれがあると思っているのか。

 それをお勤めの一言で済ませてしまうシャーリーンの神経がカレンには分からなかった。

 殺してやる。ルイーズも含めて必ずお前たちも私が殺してやる。
 兄を傷つけ殺したお前らを私は絶対に許さない。

 カレンは心の中で呪詛めいた言葉を呟くのだった。




 その日、カレンは屋敷を出て街中へと向かっていた。ルイーズの屋敷は大規模な農業を営んでいることもあって、街の中心地からは大きく離れている。

 ルイーズの子供から焼き菓子を買ってくるようにカレンは頼まれいた。焼き菓子を買うために街の中心地へと歩みを進めるカレンだったが、その日の夜にルイーズから離れの家屋に来るよう言われていたことがカレンの心を暗く染め上げていた。

 奴隷階級であるゴイル族。黒色の髪と黒色の瞳でその出自は他者にもひと目で分かる。あからさまな暴力を受けるようなことは稀だったが、侮蔑的な言葉を浴びせられることは珍しくない。

 思えば兄のネイトが生きていた頃、こうしてよく街中までお使いに来ていた。自分がまだ幼かったこともあるのかもしれない。しかし、そうであったとしても街の人たちから嫌がらせや意地悪といった類いの物を自分がされた記憶は皆無だった。

 今にして思えば、兄のネイトが巧妙にそれらの悪意からカレンを隠し守ってくれていたのだろうと思う。そういう優しい兄だった。だからこそ、酷い暴行を受けてしまうまでルイーズに医者や薬をと願い出てしまったのだろう。

 奴隷に対して優しいとの評判だったルイーズ。その評判は今でも変わらない。当時、兄のネイトもよくそれを口にしていた。きっと、それもあって兄はルイーズへ無謀とも思えるお願いをしてしまったのだろう。

 奴隷に対して寛容だと表面上を繕うことだけが上手なだけで、その本性は年端もいかない少女趣味の変態でしかない男だというのに。

 そう考えるとカレンの目尻に悔しくて涙が浮かんでくる。何故、優しかった兄がそんな男に殺されなければいけなかったのだろうか。

 だから、そのような優しいネイトを暴行した者、見逃した者、放置した者。それら全てを絶対に許さない。全員を殺してやる。

 ネイトの死を知った時にカレンの中で生まれた黒色の炎。それは今も消えることはなく、カレンの中で燃え続けていた。
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