第61話 鎮圧

文字数 1,629文字

 シヴァルが言葉を飲み込んだ時だった。シヴァルの背後からその父親を呼ぶ声があがった。

 背筋が凍るような、まるで地の底から響いてくるような何の感情もない声だった。

(とと)様……」

 背後を振り返ると父親の娘が立っていた。発した声と同じく、娘の顔には何の表情も浮かんでいない。父親を見据えるその明るい空色の瞳は、まるで無機質な硝子玉のようだった。

「父様、また人がたくさん死んでいます」
「そうだな……」

 娘の言葉に父親は頷いた。

「人を殺してはいけないことなのですよ」

 事実をただ述べているだけ。本当にいけないことだと思ってはいないような口ぶりだった。言葉に感情がないと、このように聞こえてしまうものなのかとシヴァルは思う。

「ミア、暫くはこの村にとどまる」
「はい……」

 理由も言わない父親の言葉に娘は小さく頷いた。シヴァルは父親に視線を向けた。

「手助けをしてくれるのか?」
「さっきも言っただろう? 俺がいたとしても何も変わらない。ただ、俺はお前が払った代償の向こう側を見たいだけだ」

 後半は意味が分からなかったが、シヴァルは曖昧に頷いた。どうせ金のことを言いたいのだろうと思ったのだ。

 いいだろう。もし、領主を打倒できたのならば、領主のところから好きなだけ金を払ってやる。シヴァルはそう思うのだった。




 ……名もないような農民たちの反乱が鎮圧されたのは早かった。
 
 この地域にこのような村がいくつあるのかをグレイが知るはずもないのだが、横の連携を行って同時に反乱を起こすという目論見は、やはり上手くいかなかったようだった。

 元々は突発的に起こった反乱だ。今更のように組織立っての行動を起こすには無理があったのだろう。しかも、所詮は一介の農民でしかないのだから。

 加えて領主の対応も早かった。他の村に対して見せしめの意味もあるのだろうが、数日もしない間に百人にも満たない村へ五百名近くの兵を送ってきたのだ。

 農民たちも含めて村はなすすべもないままに蹂躙されていった。
グレイ自身は先頭に立って何人となく向かってくる兵士たちを斬った。しかし、グレイだけで村人たちを守れるはずもない。

 もっともグレイには村を助けるという思いは希薄だったと言ってよかった。グレイがこの村に残ったのは、代償を払った者の行く末を見るためでしかなかったのだから。

 片手で娘の手を引き、残る片手で見たこともないような長剣を振り回す大柄な男。この戦いにおいてグレイが危険極まりない者として、既に周囲の兵士たちにはそう認識されていた。

 今、十数名の兵士が遠巻きにしてグレイを取り囲んでいる。その誰もが自らが前に進み出てグレイと対峙しようとはしなかった。

 そうしてしまえば、それまでに対峙した兵たちと同様に、己が無惨なただの肉塊に化してしまうことを誰もが確信しているかのようだった。

 グレイが一歩進めば、グレイを囲う大きな人の輪が同じように一歩を移動するという状態だった。

 後悔も同情も憐憫の思いもなかったのだが、あの農民たちは全てが殺されてしまったのだろうか? グレイの中にはその思いがあった。
 あの農民の名は……。
 グレイがそう思った時だった。あの時と同じ感覚がグレイを襲った。あの時と違うのは、視界に映る世界は赤色ではなくて、濃い灰色であることだけ。

 グレイはゆっくりと背後を振り返った。

「……やれやれだな。貴様たち人族は変わらずに同族同士で殺し合う。貴様たちに生まれる悲しみの大半はそれが原因だ」

 そう言いながらグレイの視界に現れたのは以前と同じ小柄な若い女性だった。腰にまで届く金色の真っ直ぐな髪。大きな青色の瞳。そして、金色の髪の毛から覗いている先が尖った耳。それらも以前と何ら変わりがなかった。

「随分と時間がかかった」

 グレイの言葉に彼女は小首を傾げた。

「何だ? まるで私を待っていたような口ぶりだな」

 彼女の言葉を聞いてグレイは薄く笑ってみせた。
 そう。確かに自分は長い時間、彼女を待っていたのだ。
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