第54話 選択
文字数 1,558文字
二十人ほどの男たちが車座で大地に座っていた。その顔はどれもが苦渋で満ちている。時刻は夜半過ぎ。周囲に焚かれている松明の爆ぜる音が時折、大気を震わせている。
「もう駄目だ。来年の種籾も取り上げられた。例えこの冬を乗り越えられたとしても、来年は植える物すらない」
シヴァルの隣に座っていたネイサンが声を絞り出すように言う。シヴァルと同じ歳のネイサンは今年二十七歳になる。ネイサンの幼馴染みと言ってよかった。
「種籾を借りるしかないだろうな」
この車座の中では最年長で今年六十歳になるレズリーの言葉に、シヴァルは灰色の頭を左右に振りながら口を開いた。
「借りると言っても、来年が豊作になればいいが、今年と同じ不作だったら……返せるはずもない……」
シヴァルの言葉に続けるようにしてネイサンが口を開いた。
「そもそも、三年も続けて不作なんだ。来年が一転して豊作になるなんて思えない。来年も今年と同じように不作だったら、収穫したものだけでは税金も借金も払えなくなる。既に借金を抱えている者だっているんだ。畑を売ったってどうにもならなくなる」
「若い奴はすぐに無理だと口にする。だが、今それを言ったところで、どうにもならんさ」
レズリーが吐き捨てるかのように言う。言ったところでどうにもならないのは、確かにレズリーの言う通りだった。
だがネイサンが言うように返せるあてもない借金をすることはこれ以上、無理なことも間違いがなかった。もし、来年も不作だったら、今年以上の不作だったら……。
そう考えるととてもではないが、今以上の借金をするなどとは考えられない。もしそうなってしまえば、畑どころか親兄弟も含めて自分自身さえも奴隷として売る以外に方法がなくなるだろう。
「……逃げるか」
ネイサンがぽつりと呟いた。ネイサンの言葉を聞いて、それは悪魔の誘いに似ているとシヴァルは思った。シヴァルはごくりと唾を飲み込んだ。
「逃げるってどこにだ? お前のところとは違って、老人や女子供を抱えているところが大半なんだぞ」
レズリーの反論ももっともだとシヴァルも思う。しかし、状況はどうにもならないところまで来ているのも事実だった。だから、こんな夜半に皆が集まっているのだ。
このまま何もしなければ、来年の今頃は村にいる全ての者たちが死ぬか奴隷になっているのが確実に思えた。
いや、その前にそもそもこの冬を家族で越せるのか。それすらも分からない。
きっと近隣の村も自分たちと似たような状況なのだろう。
シヴァルはそう思いながら、今までに数える程しか見たことがない領主の顔を思い浮かべた。でっぷりと太った三十前半の男だ。一体、領主は何を考えているのだろうか。
このままだと領内の農民たちは全てが死ぬか、その身を奴隷として自身で売るはめになる。そうなってしまえば、困るのは領主自身のはずだった。
ならば他に目的があるのだろうか。不作が続いているのにもかかわらず、徴収される税が下がるどころか上がってしまうのだから。
シヴァルの思考を断ち切るようにネイサンがシヴァルに視線を向けた。そして、ネイサンはゆっくりと口を開いた。
「俺たちに残された選択は多くないんだ」
ネイサンはそこで言葉を切って、車座に座る皆の顔を見渡した。
「逃げる。訴える。そして、武器を持って立ち上がるだ。そうしなければ、もう生きてはいけない。この冬だって越せるかどうか分からない家がたくさんあるんだ」
ネイサンの言葉を聞いて車座に座る村の誰もが重苦しい顔で下を向いてしまう。
ネイサンが言っていることは分からなくはない。きっと正しいのだろうとシヴァルは思う。このままでいる以外の選択肢は、ネイサンが示した物以外にはないのだろうから。
しかし、そのどれもが、よい結果をもたらす物とは思えなかった。
「もう駄目だ。来年の種籾も取り上げられた。例えこの冬を乗り越えられたとしても、来年は植える物すらない」
シヴァルの隣に座っていたネイサンが声を絞り出すように言う。シヴァルと同じ歳のネイサンは今年二十七歳になる。ネイサンの幼馴染みと言ってよかった。
「種籾を借りるしかないだろうな」
この車座の中では最年長で今年六十歳になるレズリーの言葉に、シヴァルは灰色の頭を左右に振りながら口を開いた。
「借りると言っても、来年が豊作になればいいが、今年と同じ不作だったら……返せるはずもない……」
シヴァルの言葉に続けるようにしてネイサンが口を開いた。
「そもそも、三年も続けて不作なんだ。来年が一転して豊作になるなんて思えない。来年も今年と同じように不作だったら、収穫したものだけでは税金も借金も払えなくなる。既に借金を抱えている者だっているんだ。畑を売ったってどうにもならなくなる」
「若い奴はすぐに無理だと口にする。だが、今それを言ったところで、どうにもならんさ」
レズリーが吐き捨てるかのように言う。言ったところでどうにもならないのは、確かにレズリーの言う通りだった。
だがネイサンが言うように返せるあてもない借金をすることはこれ以上、無理なことも間違いがなかった。もし、来年も不作だったら、今年以上の不作だったら……。
そう考えるととてもではないが、今以上の借金をするなどとは考えられない。もしそうなってしまえば、畑どころか親兄弟も含めて自分自身さえも奴隷として売る以外に方法がなくなるだろう。
「……逃げるか」
ネイサンがぽつりと呟いた。ネイサンの言葉を聞いて、それは悪魔の誘いに似ているとシヴァルは思った。シヴァルはごくりと唾を飲み込んだ。
「逃げるってどこにだ? お前のところとは違って、老人や女子供を抱えているところが大半なんだぞ」
レズリーの反論ももっともだとシヴァルも思う。しかし、状況はどうにもならないところまで来ているのも事実だった。だから、こんな夜半に皆が集まっているのだ。
このまま何もしなければ、来年の今頃は村にいる全ての者たちが死ぬか奴隷になっているのが確実に思えた。
いや、その前にそもそもこの冬を家族で越せるのか。それすらも分からない。
きっと近隣の村も自分たちと似たような状況なのだろう。
シヴァルはそう思いながら、今までに数える程しか見たことがない領主の顔を思い浮かべた。でっぷりと太った三十前半の男だ。一体、領主は何を考えているのだろうか。
このままだと領内の農民たちは全てが死ぬか、その身を奴隷として自身で売るはめになる。そうなってしまえば、困るのは領主自身のはずだった。
ならば他に目的があるのだろうか。不作が続いているのにもかかわらず、徴収される税が下がるどころか上がってしまうのだから。
シヴァルの思考を断ち切るようにネイサンがシヴァルに視線を向けた。そして、ネイサンはゆっくりと口を開いた。
「俺たちに残された選択は多くないんだ」
ネイサンはそこで言葉を切って、車座に座る皆の顔を見渡した。
「逃げる。訴える。そして、武器を持って立ち上がるだ。そうしなければ、もう生きてはいけない。この冬だって越せるかどうか分からない家がたくさんあるんだ」
ネイサンの言葉を聞いて車座に座る村の誰もが重苦しい顔で下を向いてしまう。
ネイサンが言っていることは分からなくはない。きっと正しいのだろうとシヴァルは思う。このままでいる以外の選択肢は、ネイサンが示した物以外にはないのだろうから。
しかし、そのどれもが、よい結果をもたらす物とは思えなかった。