第24話 お花畑

文字数 1,758文字

 屋敷の一階を制圧することは容易だった。床には三つ、四つの血に塗れた死体が転がっている。一階にいた者たちの大半は予想外の襲撃に大した抵抗もできないままで、勢いに押されるようにして恐れをなして逃げ出していったようだった。
 
 豪華な装飾が施されている階段の上から争う音が聞こえてくる。一人の若い男が階段を半ば転がるようにして降りて来た。

 グレイが自分に茶色の瞳を向けていることにシモンは気がついた。シモンは軽く頷くと、転がり降りてきた男に音もなく近づいた。

 そうなのかとシモンは気がつく。傭兵だから躊躇いもなく人を殺せるのではない。グレイも自分と同じなのだ。

 きっと躊躇いなく人が殺せるように人として形成されているだけなのだ。

 シモンは男の背後に回って自身の懐に片手を入れた。そして、短剣を取り出すと男の喉を躊躇いなく切り裂く。
 男は声を上げる間もなく絶命した。奇妙な音を立てて吹き出す鮮血がシモンの右頬を僅かに汚した。その不快感にシモンは顔を歪める。

 シモンはグレイに顔を向けた。やはりグレイも先ほどと同じく自分に視線を向けている。視線と視線とが絡み合った後、シモンは僅かに口元を綻ばせた。それを見たグレイの眉が僅かに動いた気がした。

 上階から女の悲鳴が聞こえてきた。それに合わせて聞き覚えがある怒声も上がる。その怒声が僅かに震えていると思えるのは気のせいだったろうか。

 シモンはグレイに向かって口を開いた。

「ついて来い。ガイル兄さんたちを捕まえたようだからな」

 その言葉にグレイが黙って頷いたのだった。




 シモンが二階に登るとガイルとイベルダは素っ裸で廊下に引きずり出されていた。どうやらお楽しみの真っ最中だったらしい。

 その姿を見てシモンは心の底から呑気なことだと思う。他人の命を狙っておきながら、やはり逆に自分が狙われることなどは考えていないのだ。
 
 いや、違うのかとシモンは思う。ガイルが例えシモンの命を狙ったとしても、シモンが弟の立場でガイルに反抗することがあるなどと思っていないのだ。どこまで甘く、頭がお花畑なのだろうかとシモンは思う。

「シモン、てめえ、どういうつもりだ」

 血の気が引いた青白い顔をしながらも、ガイルは気丈にもシモンの前でそんな言葉を吐き出した。どういうつもりもないだろうとシモンは思う。自分の望みはたった一つで、そんなことは兄さんだって分かっているだろうと言いたくなってくる。シモンはそれらの言葉を飲み込んで、別の言葉を口にした。

「強がっても無駄だよ、兄さん。兄さんが生き延びるための選択肢は一つだけしかない。前のように仲の良い兄弟に戻ること」

 シモンの言葉にガイルは呆けたような表情をした。シモンが何を言っているのか分からないといった感じだ。素っ裸の外見もあって、その様子はある種の滑稽さを醸し出していた。

 そんなガイルの反応を見てシモンの中で苛立ちが募る。そんなことも瞬時に分からないぐらいに、この売女に骨抜きにされたのか。

 シモンはガイルの隣にいるイベルダに視線を向けた。イベルダは深緑色の瞳をシモンに向けていた。その瞳には明らかに憎しみが浮かんでいるのが見てとれた。

 ガイルと同様に素っ裸で床に転がされているというのに、自分に向けてそんな視線を送れるその気の強さだけは大したものだとシモンは思う。

 シモンが口を開く前に、大きな胸を揺らしながら憎しみのこもった言葉をイベルダは発した。

「ふん、大した弟だね。口では兄として慕っているとか言いながら、この始末なんだからね。あんたの性根が分かるってもんだろうさ。だから、さっさとこいつを殺せばよかったんだよ。私はいずれこうなるって分かっていたんだからね」
「黙れ、売女」

 シモンが唸り声のような口調で言葉を返す。頭に血が昇っていくのを感じる。

「お前がガイル兄さんを変えた。お前がいなけりゃ、俺たち兄弟は仲がいいままだったんだ」
「兄さん? 仲がいいだ? おつむがとんだお花畑だね。兄さんだの、仲がいいだのってくだらないことを思っているのは、あんただけだよ」

 お花畑……。
 先ほど思ったことを読み取られたかのように言い返されてしまう。

「売女、黙れと言ってる」
「大体、いい歳をして仲がいいとかって言ってること自体がいかれてるんだよ。この変態野郎が」
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