忘れもの(2024.7.10)

文字数 463文字

そう言えばあなたを
あなたと呼んだのは
随分と久しぶりだな

 あなたは嬉しそうに
 言うけれど
 あなたにあなたと
 呼ばれた記憶がないのです

 おそらく
 誰かとわたしを
 間違えているのでしょう

最近 妻が来てくれない
結婚してから定年まで
優しくしてやらなかった
腹いせかもしれない
まぁ 自業自得ですよ

 あなたは悲しそうに
 言うけれど
 あなたはわたしを
 忘れてしまったのですか?
 
 毎日
 来ているのに
 分からないなんて

もっと優しくしてやれば良かった
なんて今頃思っても
もう遅いのですがね

 わたしはあなたの手を握り
 そんなことないですよ
 と慰めてあげる
 
 泣きたいのはわたしなのに
 あなたはしくしくと泣く

 あなたが悪いのではない
 病気なのだから仕方ない

 わたしは
 いつも泣き寝入り
 するしかないのです

妻に来るように
伝えて下さい
よろしくお願いします

 わたしは
 わたしはいつも来ているのだけれど
 黙って頷く

ありがとうございます
いつも助かります

 わたしは
 泣くのを我慢して
 わたしの知らない人のまま
 病室を後にする

 いつか
 忘れものは
 見つかるのだろうか?
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