第1章(5)あの子はきっと、ガルーダが大嫌いでしょうね

文字数 2,028文字

 『エピメテウス』前部格納庫。
 球技の試合もできそうなだだっ広い空間に、三機の不思議な機械が並んでいた。
 飛行甲板へと続く前方のハッチは開いており、そこから飛び立ったもう一機が四角く切り取られた青い空に時折姿を見せる。
 折り畳まれた大きな金属の翼、様々な観測装置や通信装置が組み込まれた流線型の胴体。
 その外観は、化石で残っている太古の翼竜に似ていたが、のどかは自分の村で正月に遊ぶ凧揚げの凧を連想した。

「これが……」

「魔力補助推進式可変有人飛行機械、制式愛称『ガルーダ』よ」

 のどかが振り返ると、レーネ・シュタール技術中尉がディータと一緒にこちらに歩いてくるところだった。

「おう、やってるやってる。さすがナターシャは訓練熱心だな」

 ディータは上空を飛んでいるナターシャ・スミルノワ少尉の『ガルーダ』をひとしきり見上げてから、視線をのどかに戻した。

「シュタール博士は『フォレスタ』技術部からの出向でな、この機体の開発責任者だ。博士、のどかに詳しく説明してやってくれ」
「ええ、まずは自分の目でご覧頂きましょうか」

 レーネが手で合図すると、整備士達が三機のうちの一機を床に固定している器具を外しにかかる。

「火を入れて!」

 号令がかかった直後、のどかは目をまんまるにした。
 機体がまばゆい翠色の光に包まれ、そして浮き上がったのだ。
 ほんの少しだが、本当に宙に浮いている。

「……うふふ、驚いたかしら」

「す、すごいです! どうやって浮いているんですか?」

「この機体の外装は、魔力の伝導性を高めるよう特別に精錬された合金を用いているの。私達は『賢い肌』と呼んでいるわ。搭載した小型の『エルデマクト・リアクター』から変換され続ける微弱な魔力が、干渉板を通して目には見えない薄い膜のようになって機体を覆い、そこに一定のリズムで強弱をつけることによって空気中に滞留する『エルデマクト』と機体とが互いに反発し合って揚力と推進力とが生じる。これをコントロールして任意の方向への航行、上昇・滑空・旋回・速度の調節といった複雑な機動は勿論、空中での静止と機体変形、垂直離着陸も可能になっているわ。『エルデマクト』については勉強しているわね?」

「は、はい……『エルデマクト』はこの世界に存在する生物や無生物全てのものの均衡を保っていて、人間が発明した『エルデマクト・リアクター』はそれを汲み上げて便利な魔力に変換できるけど、前の戦争で使い過ぎたから均衡が崩れて『ムア』が拡がっていると教わりました」

 のどかは試験対策のために頑張って読んだティレニア語の参考書の内容を思い出して答えた。

「その通りよ。例えば戦時中に旧ランズベルク公国軍は、大出力の『エルデマクト・リアクター』を積み込んで底面を干渉板で覆い、魔動重力制御で浮遊する大型の飛空艇を開発していたわ。必要な力を全て『エルデマクト・リアクター』による魔力変換で賄おうとした力押しのやり方だから、膨大な量の『エルデマクト』を消費してしまう。それに対して『ガルーダ』は、魔力への変換はごく僅かで、後は自然界に存在する『エルデマクト』そのものの助けを借りて空を飛ぶの」

「搭載してる『エルデマクト・リアクター』も変換効率が従来型とは桁違いに高い、第七世代の省抽出型魔力変換機関だ。つまりは『ムア』に対する影響はほとんど無しで、鳥よりも自由自在に空を飛べるってわけさ」

 横からディータが補足する。

「ええ、ただし超音速飛行を実現するためにぎりぎりまで軽量化したから、出力には限界があるわ。加えてこのやり方だと一瞬も休まずに変換し続けないといけないから、『エルデマクト・リアクター』の緩衝機構や冷却機構の損耗が通常より早いの。飛行のたびに再調整しなければならないし、飛行時間そのものも三〇分が限界。後、これだけは覚えておいてほしいんだけど……」

「なんでしょう?」

 レーネの含みのある口調に、のどかは首をかしげた。
 横で聞いているディータは渋い表情になる。
 そしてレーネは、どこか自嘲気味に笑って言葉を継いだ。

「……いくら『エルデマクト』の消費が低く抑えられているとはいえ、魔力を使って飛んでいる事に変わりは無いわ。『ムア』を引き起こし、世界中の多くの人々から今なお大切な故郷を奪い続けている元凶をね。『ガルーダ』も、それにこの艦もだけど、魔力の濫用を阻止するために設立された『フォレスタ』が、魔力を動力源にした機械を運用している。その矛盾を、貴女は許せるかしら?」

「え……」

 予想していなかった問いに、のどかは黙り込んだ。
 レーネの目が、ハッチの向こうの青い空で飛んでいるナターシャの『ガルーダ』に向けられる。

「あの子はきっと、『ガルーダ』が大嫌いでしょうね……」

 降下してきた機体が陽光を遮り、レーネの顔に影を刻んだ。
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