第2章(13)アリウス卿の決断

文字数 2,140文字

 海賊の誘導弾による攻撃で劣勢に立たされながらも奮闘している『ガルーダ』の姿は、退避する連合海軍旗艦ユーライアスの艦橋からも見えていた。

「戦ってくれている……」

 空中に幾本もの白い筋が曳かれ、その間隙をぬって飛行機械が舞い、光がまたたく――
 空戦という、初めて見る光景に目を凝らしながら、艦長が呟く。

「我々のために、あんな小さな機体で……」

 そう言ったのは、クインタス・アリウス卿だった。
 艦長はアリウス卿を振り返る。
 アリウス卿は頷いた。

 誘導弾と『ガルーダ』が鬩ぎ合う絶え間ない爆音を圧して、艦隊総司令官の命令が艦橋に響く。

「引き返そう。ユーライアスを先頭に、残存するゴルディート級全艦で単縦陣を編成せよ。友軍飛行機械を援護し、海賊船団を掃討する」
「……了解! 発火信号送れ!」

 命令が艦から艦へと伝達されていく。
 傷付いた艦や足の遅い帆船は撤退を続ける一方、二〇隻以上のゴルディート級装甲艦が順に反転し、戦列に加わっていく。

「閣下、海賊船団は友軍飛行機械と交戦しつつ南東に遠ざかりつつあります」
「光線兵器を封じてくれている間に叩くぞ。追撃開始!」
「了解、最大戦速!」
「最大戦速ようそろ!」

 最大戦速の指示は伝声管を伝わり、ユーライアスの機関室に達せられた。
 一八基の石炭専焼汽缶と二基の往復動機関が高圧の蒸気を推進機に送り、外輪の回転が加速する。
 しかし。

「左前方より新たな艦影多数! 巡洋艦級の大型帆船です!」

 見張り員が声を張り上げた。
 海賊船団の奥から、新手の艦隊。
 先頭の帆船の帆には、翼を有した獅子の紋章が視認できた。トメニア帝国正規軍のものだ。

「発火信号です! 『我、トメニア帝国沿岸警備隊、警告、貴艦隊は我が国の領海に侵入しつつあり、速やかに進路を変更されたし』!」
「領海? ここはまだ公海のはずだぞ」
「公海の範囲を定めた世界海洋条約を、トメニアは批准していません。キリキア沖の大陸棚は全て自国の領海だと主張しています」

 砂漠の内陸国であったトメニア帝国は、先の大戦の混乱に乗じてキリキア南部に進出して領有を宣言し、悲願だった海へと通ずる玄関を獲得した。
 ティレニア人に独占されてきた海上貿易を独自に行うことが目的だったが、その沖合の領海権問題を巡るトメニア側の誇大な主張は、今なお国際的には承認されておらず係争中となっている。
 またトメニアもその野心を実現するだけの海軍力を未だ有しておらず、国際社会に配慮して各国船舶の自由な航行を黙認してきた経緯があり、領海権の主張は多分に国内のタカ派な世論に対して皇帝の体面を保つためのものだ。
 特に、今回連合海軍がこの海域で海賊の掃討作戦を行う可能性があることは予めトメニアに通告されており、トメニア側もその時点では抗議をしていない。
 にも関わらずトメニアは何故、沿岸警備隊を出動させてきたのか。

「トメニア沿岸警備隊、本艦の射程に入ります!」
「まだだ、まだ撃つな」

 測距儀を睨む砲術士官の上擦った声に艦長が応じる。
 トメニア側は二列縦陣で海賊と連合海軍の間に割って入ってきていた。
 湾曲した船体からは半円形の砲台がいくつも張り出し、黒光りする砲門がこちらを威圧している。
 その砲門が赤く染まった。
 砲声がとどろき、ユーライアスの周囲に水柱が立つ。

「トメニア沿岸警備隊、砲撃を始めました!」
「お、脅しだろう? 我々は世界連合政府の旗を掲げているんだ、トメニアに本気で撃てるはずが……」

 幕僚の一人が自信無げに呟いた直後に、トメニア側が再び発砲し、今度はユーライアスの至近に水柱が立った。
 衝撃で艦が揺れる。

「夾叉されました!」

 威嚇射撃ではない、命中させるつもりで撃っている。
 ユーライアスの艦橋に緊張が走った。




 爆発の煙を突き破って『ガルーダ』二番機が姿を現わし、ナターシャはほっと息をついた。

〈無事か、メルワ准尉!〉

「妾は無事じゃが……」

 計器盤に異常を見つけて、シャンタニは肩を落とす。
 大破こそ免れたものの、魔力防壁を連続発動した負荷に耐え切れずに『エルデマクト・リアクター』の冷却装置が半分ほど機能を停止していた。
 このまま出力を上げるようなことをしたら『エルデマクト・リアクター』が異常加熱して破損する。
 シャンタニは暫く逡巡した後、その事実を正直にナターシャに告げた。
 ナターシャの返事はすぐだった。

〈直ちに離脱しろ!〉

「じゃが、そなたは……」

 言いながらシャンタニはわかっていた。
 傷付いたこの機体では、もうナターシャの脱出を援護することはできない。
 留まることに意味は無いのだ。

〈自分なら大丈夫だ。早く行け〉

「ナターシャ……」

〈早く!〉

「……すまん」

 シャンタニは操縦桿を再び押し込んだ。

〈ありがとう、メルワ准尉〉

 ナターシャの感謝の言葉が、耳に残った。
 シャンタニの『ガルーダ』二番機は海面すれすれの低高度で離脱していく。
 機体の周りで冷たい水しぶきが上がり、尾をひくしずくが太陽の光を弾いた。
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