第2章(6)燃え盛る海

文字数 1,836文字

 閃光と轟音の後。
 おそるおそる目を開けた連合海軍の将兵達が見たものは、一面燃え盛る海だった。
 いや、正確には海が燃えているのではない。
 燃えていたのは、かつてそこにいた、数十隻の軍艦、その残骸だった。

 艦隊旗艦ユーライアス艦橋。

「第三戦隊……全滅した模様です」

 見張り員がごくりと生唾を飲み込み、もはや言うまでも無く明らかなことを、かすれ声で報告する。
 艦橋は静まり返っていた。
 威勢の良かった幕僚達は皆言葉を失い、凍りついたように立ち尽くしている。

「反撃を……」

 艦隊総司令官クインタス・アリウス卿が、辛うじて声を出した。
 しかし、具体的な指示は続かなかった。
 そして、思考停止していたのは彼だけではなかった。
 生き残った艦隊の全ての将兵が、等しく衝撃を受けていた。
 彼等は海軍軍人であり、乗っているのは軍艦である。
 軍艦は海戦において敵の撃沈を任務とし、それと全く同じように敵から撃沈される危険を負っているものだ。
 普通に砲火を交えて出た犠牲なら、誰もがそれを受け入れただろう。
 しかし。
 それは、あまりに圧倒的な破壊力だった。
 まるで、子どもが蟻の巣を長靴で踏みにじるように無造作に、光の奔流は艦隊の実に三分の一を一瞬で焼き尽くしたのだ。
 受け入れられない、力の差だった。

「第二戦隊が指示を求めています!」

 再び見張り員の報告。
 全滅した第三戦隊とは反対の方角から、第二戦隊が海賊船団に接近している。

「そうだ、いかに強力な兵器でも、裏側から攻撃すれば……」
「今からあの海賊船が向きを変えても間に合うまい。これで勝ったな」
「かつてのティルス島防衛戦で有効だった戦術でもある」

 幕僚達の大言が息を吹き返す。艦長は反対した。

「恐れながら、直ちに当海域を離脱するべきです。あれは明らかに一基で戦場のパワーバランスを覆す目的で作られた兵器、その程度のことも想定していないとは思えません。このままでは第二戦隊までもみすみす失うことになりますぞ!」

 総司令官はしばしの逡巡の後、ゆっくり首を振った。

「……撤退はできん。ここで我々がおめおめ逃げ帰れば、世界連合政府、そして我が海軍の威信は失墜する」
「しかし!」
「第二戦隊に、当初の作戦通り攻撃するよう指示したまえ」

 総司令官の命令が第二戦隊に伝達される。

「第二戦隊、後約五分で海賊船団を射程にとらえます」
「敵に動きが!」

 大きな海賊船の上の例の傘のような機械が、根本を旋回させてゆっくりと反対側に向きを変えている。
 それ見たことか。艦長は歯軋りした。
 第二戦隊の方でも気付いたのだろう、いまだ射程外であるにも関わらず、必死の砲撃が始まった。
 空気をさいて砲声がとどろく。
 しかし砲弾は海賊船の手前に着弾して水しぶきをあげるばかりだ。

 そして、再び閃光と轟音。

 海水が沸騰し、四〇隻以上が乗組員約一万人と共に爆発し炎上する。

「だ、第二戦隊、被害甚大です!」

 当然の結果だった。
 確かに四年前のティルス島防衛戦では、旧ランズベルク公国軍の魔力兵器はその破壊力の代償として装置が鈍重で攻撃目標の迅速な変更が難しく、側面の弱点をついた攻撃によって最終的に破壊され、ティルス側が辛勝している。
 しかし、今目の前にある海賊の魔力兵器が戦後になって実用化されたものならば、その時の戦訓が参考にされていないはずが無いのだ。
 艦長の横では、まだ若い副長がわなないていた。
 第二戦隊の旗艦には、彼と兵学校で同期だった友人達が乗っていたのだ。

「グエナウス……ベニート……そんな、そんな嘘だ……」
「しっかりせんか!」

 艦長は副長の肩を掴んで揺さぶった。

「泣くのは陸に帰ってからだ。お前はこの艦の副長なんだぞ!」
「ううっ……畜生……畜生……」

 嗚咽が響き、居並ぶ者の心を空虚にする。

「報告します! 後方の華国艦『鎮遠(ちんえん)』が、艦隊を離脱していきます!」
「カルト・ハダシュト艦『インディペンデシア』も離脱!」

「……少なくとも、これで宴会の席順を心配する必要は無くなりましたな」

 艦長はぼそりと皮肉を呟いた。
 第一戦隊に所属して様子見をしていたティレニア連邦以外の参加国の艦艇が、続々と戦列を離れていく。
 会敵からわずかな間で、北洋艦隊はその戦力の実に三分の二以上を失っていた。
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