第3章(6)観察者たち

文字数 1,621文字

 自然界のあらゆる物質に、その介在が認められる『エルデマクト』。
 学界の定説は今から二〇年前、ある地方の土に偶然の比率で加えられた熱と振動が土を発光させた現象を、その最初の発見としている。
 だが、『エルデマクト』を単に魔力に変換される前の資源と見なすのではなく、『エルデマクト』そのものとの反発によって揚力あるいは推進力を得る、より効率の良い魔力機械の開発に役立てる……この発想は戦時中、旧ランズベルク公国において魔力研究の権威であったシュタール姉妹の一人、レーネ・シュタール博士によって考案されたものだ。
 今日『フォレスタ』が運用する飛行機械『ガルーダ』と水中航行機械『エピメテウス』は、どちらもこの理論を推進技術の起源としている。
 だが、飛行機械と水中航行機械は、同じ流体でこそあれ空気と水という性質が様々な点で大きく異なる対象を掻き分けて機動する、本来は似て非なるものだ。

「ふうん……確かに着水時の衝撃は、魔力防壁で緩和できるかもしれない。でもね……」

 のどかの『ガルーダ』四番機が海に突っ込む様子を、はるか高空から観察する者がいた。

 常識で考えれば、海面に叩き付けられ、ばらばらになるだけのはずの『ガルーダ』は、翠色の光を纏って水を割り、海中を進んで行く。
 発射された対空誘導弾はほとんどが、もう一機の『ガルーダ』が生んだ熱源に幻惑され、遅れて追いかけるも海面にぶつかってそこで爆発する。
 ここまでは恐らく作戦通りなのだろう。
 ただ、目標の海賊船までの距離が少し遠い。

「長距離の潜航は厳しいはずなんだけどな。元々水圧に耐えられる構造でもないし、浮沈に必要な海水槽も空気圧縮機も無さそうだし、それに『ガルーダ』の『エルデマクト・リアクター』は空冷式のはず。魔力防壁だけでは……いや」

 海中の『ガルーダ』は速度を緩めず海賊船に向かっている。
 その者はある推論を得て、満足げに頷く。

「なるほど、やっぱり魔力防壁だけじゃない……生体同期から余剰出力の制御に割り込んで、周囲の水を酸素と水素に書き換えている。これは面白い」

 『エルデマクト』の魔力変換は、干渉板からの放出の過程でその目的が機械によって調整されている。
 例えば空気の制御、例えば重力制御による防壁の展開。
 生体同期装置は通常、搭乗者の意思を信号で読み取ってそこに元からある機能の優先順位を変えさせることができるが、もしそこに想定されていない命令まで出すとしたら、搭乗者は自らの意思を、『エルデマクト』を加工するための具体的な信号に予め体内で変化させなければならない。それが、『フォレスタ』が有する生体同期装置の限界のはずだった。
 飲食店に例えるなら、客が注文し易いよう定食がいくつか選べるようになっているが、選択肢に無い料理を出してもらうためには客が料理人に、材料は勿論使う香辛料の比率から火加減まで細かく指図しないといけないようなものである。

「しかし、あのノドカ・スズミヤという少女がどうやってそれを可能にしているのか、まるで見当がつきませんな」

 その者の後ろから、もう一人の観察者が感想を述べる。

「ふふっ……何も驚くようなことじゃないさ、ホルスト。考えてごらんよ、『エルデマクト・リアクター』が発明されるずっと前から、この世界には『超能力者』とか『魔法使い』と呼ばれる、不思議な力を持った人間に関する伝承がいくらでも存在しているじゃないか。彼等は呪文を唱えたり杖を振るったりすることで超常現象を制御していたらしいけど、恐らくそういう呪文や杖の類は、自分や周りの人間を納得させる理由付けに過ぎなかった」
「はあ……」

 話の飛躍についていけないもう一人を置いてきぼりにして、その者は楽しそうに笑って続ける。

「要は道具に頼らず『エルデマクト』に直接干渉できる人間は昔からいたということだよ。そう、あんな風にね」
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