第3章(3)答えを探しに
文字数 2,429文字
『エピメテウス』の司令塔に立っていたディータは、眼下の飛行甲板に『ガルーダ』三番機だけでなく、四番機が出てくるのを見て唖然とした。
「くぉらのどか何してる! 戻れ!」
四番機への回線を開いて怒鳴ると、のどかの元気な声が返ってくる。
〈はい! ナターシャさんを助けて戻ります!〉
「たく、そうじゃねえだろうが……」
〈私が許可しました〉
今度は三番機のレーネからの通信。
「どういうつもりだ、シュタール博士! のどかはまだ…」
〈涼宮さんならやれます。いえ、一番機の救援は彼女無しではできません〉
レーネの様子がいつもと違う。
静かだが、かたい決意がこもった声だった。
〈お願いです、中佐。私と涼宮さんを信じて下さい〉
ディータは頭をかいてしばらく考えていたが、やがてぶっきらぼうに告げた。
「しゃあねえな……ナターシャを連れて、全員無事で戻って来い。命令だ!」
〈〈はい!〉〉
レーネとのどかの返事が重なる。
軍用象を八〇〇〇キュピト先まで軽々と吹き飛ばす力のある蒸気射出機で二機の『ガルーダ』は一気に加速し、飛行甲板を飛び立った。
小さくなっていく機影を眺めながら、ディータは頭をかく。
「全く、どいつもこいつも好き勝手しやがって……」
のどかはともかく、驚いたのはレーネ・シュタールの変化だった。
いわく、史上最年少で博士号を取得し、ペーネミュンデ研究所で旧ランズベルク公国の魔力兵器開発を事実上主導していた冷酷な天才、『魔女』と呼ばれたシュタール姉妹の片割れ。
そんな悪評付きのレーネは、実際に出会ってからも飄々としていて本心が掴めず、ディータは扱いかねていたものだ。
一体、彼女に何があったのだろう。
「君に似たんじゃないのかね」
横に立つ艦長のリジーレ大佐が白い眉を上げてくつくつと笑った。
「上官の言いつけを守らないところと、それから仲間思いのところもな」
「とんでもありません艦長」
ディータは大袈裟に首を振る。
「断言しますが、あいつらはあたしなんぞとは頭の出来からして違いますよ。……あいつらが大人になって動かす世界を、見てみたいもんです」
「全くだ」
ディータと艦長が話している間にも、『エピメテウス』は全力で航行を続けていた。
衝撃。
激しい震動。
重力加速で、身体が背もたれにめり込むような感覚。
びゅうびゅうという風切りの音。
凄い速さで足元の飛行甲板が流れ、そして身体がふっと宙に浮く感覚。
「飛んでる! わたし飛んでます!」
涼宮のどかは胸いっぱいに息を吸い込んで、感動を言葉にした。
〈うふふ……どう、初めての空は?〉
並んで飛ぶレーネがおかしそうに笑う。
言われて風防の外を見ると、自分と同じ高度に浮かぶふわふわした綿雲、はるか下には空の色を映す海原。
翼を持たない人間には、本来なら見ることのできなかった眺めだ。
「鳥さんみたいで気持ち良いです! でもちょっと落ち着かないかな……わわっ!」
のどかの『ガルーダ』が雲に突っ込む。のどかの視界は白一色になった。風防硝子の向こうを、筋状になった無数の水の粒子が行き過ぎていく。
やっと雲を抜け出した時、のどかは目を見開いた。
操縦席がまばゆい陽光で満たされている。
雲の上は、どこまでも透明な青い空が広がる世界だった。
「すごい……」
〈こらこら、雲中飛行は上下がわからなくなって危ないわよ!〉
見とれていると、同高度まで上昇してきたレーネの三番機が真横に並んだ。
〈方位はまだこのままで良いわ、高度二〇〇〇まで上昇したら機首を水平に、変速機を巡航に入れて〉
「はい!」
のどかは操縦桿を緩く傾け、身体に重力加速の負担が必要以上にかからないようにして機体を上昇させると、レーネの指示通り高度二〇〇〇キュピトで巡航に移る。
〈えーっと……これでよし、と。レーネさん! 今ので大丈夫ですか?〉
「問題ないわ、上出来よ」
レーネは、本当に感心していた。
何しろのどかにはまだ、基礎的な操縦について艦の上でしか教えていないのだ。
初めての飛行なら、普通ならもっと緊張したり、焦って間違いをしたりしそうなものだが、のどかの場合は機位を失うことも無く、初心者には難しい変速の操作もこなしてみせた。
ぶっつけ本番で正直心配だったが、杞憂だったようだ。
「次は方位を〇九〇に修正。一二分ほどで目的の海域に到達するはずよ」
〈わかりました〉
二機の『ガルーダ』は機首を東に向ける。
「ねえ、涼宮さん……」
風防の全面を眺めながら、レーネは呟く。
「これで良かったの? 貴女は戦いたくなかったはずなのに」
意地悪な質問だと自分でも思ったが、つい訊いてしまっていた。
〈そうですね……何が正しいかはわたしにはまだよくわからなくて〉
のどかの返答は、思いのほか早かった。
〈考えすぎるとうずくまってしまって、前に進めそうにないです。でもナターシャさんは、目の前で困っている人達を助けるために頑張ったんだと思います。だからわたしも今は、ナターシャさんを助けることだけ考えます〉
「そう……」
レーネは黙り、のどかは再び操縦に専念する。後には機体を風がたたく音と、『エルデマクト・リアクター』のキィンという駆動音だけが残る。
『正しいことを為しなさい。』
それは、かつてセシリアがレーネにくれた言葉。『フォレスタ』の一員となってから、その言葉を片時も忘れたことは無い。
しかし、正しいこととは何なのか。世界にとって、自分自身にとって。
何も答えを出せていないのは、レーネの方だった。
それを、のどかに気付かされた。
(行こう)
レーネは心の中で呟いた。
ナターシャを助けに。答えを探しに。
「くぉらのどか何してる! 戻れ!」
四番機への回線を開いて怒鳴ると、のどかの元気な声が返ってくる。
〈はい! ナターシャさんを助けて戻ります!〉
「たく、そうじゃねえだろうが……」
〈私が許可しました〉
今度は三番機のレーネからの通信。
「どういうつもりだ、シュタール博士! のどかはまだ…」
〈涼宮さんならやれます。いえ、一番機の救援は彼女無しではできません〉
レーネの様子がいつもと違う。
静かだが、かたい決意がこもった声だった。
〈お願いです、中佐。私と涼宮さんを信じて下さい〉
ディータは頭をかいてしばらく考えていたが、やがてぶっきらぼうに告げた。
「しゃあねえな……ナターシャを連れて、全員無事で戻って来い。命令だ!」
〈〈はい!〉〉
レーネとのどかの返事が重なる。
軍用象を八〇〇〇キュピト先まで軽々と吹き飛ばす力のある蒸気射出機で二機の『ガルーダ』は一気に加速し、飛行甲板を飛び立った。
小さくなっていく機影を眺めながら、ディータは頭をかく。
「全く、どいつもこいつも好き勝手しやがって……」
のどかはともかく、驚いたのはレーネ・シュタールの変化だった。
いわく、史上最年少で博士号を取得し、ペーネミュンデ研究所で旧ランズベルク公国の魔力兵器開発を事実上主導していた冷酷な天才、『魔女』と呼ばれたシュタール姉妹の片割れ。
そんな悪評付きのレーネは、実際に出会ってからも飄々としていて本心が掴めず、ディータは扱いかねていたものだ。
一体、彼女に何があったのだろう。
「君に似たんじゃないのかね」
横に立つ艦長のリジーレ大佐が白い眉を上げてくつくつと笑った。
「上官の言いつけを守らないところと、それから仲間思いのところもな」
「とんでもありません艦長」
ディータは大袈裟に首を振る。
「断言しますが、あいつらはあたしなんぞとは頭の出来からして違いますよ。……あいつらが大人になって動かす世界を、見てみたいもんです」
「全くだ」
ディータと艦長が話している間にも、『エピメテウス』は全力で航行を続けていた。
衝撃。
激しい震動。
重力加速で、身体が背もたれにめり込むような感覚。
びゅうびゅうという風切りの音。
凄い速さで足元の飛行甲板が流れ、そして身体がふっと宙に浮く感覚。
「飛んでる! わたし飛んでます!」
涼宮のどかは胸いっぱいに息を吸い込んで、感動を言葉にした。
〈うふふ……どう、初めての空は?〉
並んで飛ぶレーネがおかしそうに笑う。
言われて風防の外を見ると、自分と同じ高度に浮かぶふわふわした綿雲、はるか下には空の色を映す海原。
翼を持たない人間には、本来なら見ることのできなかった眺めだ。
「鳥さんみたいで気持ち良いです! でもちょっと落ち着かないかな……わわっ!」
のどかの『ガルーダ』が雲に突っ込む。のどかの視界は白一色になった。風防硝子の向こうを、筋状になった無数の水の粒子が行き過ぎていく。
やっと雲を抜け出した時、のどかは目を見開いた。
操縦席がまばゆい陽光で満たされている。
雲の上は、どこまでも透明な青い空が広がる世界だった。
「すごい……」
〈こらこら、雲中飛行は上下がわからなくなって危ないわよ!〉
見とれていると、同高度まで上昇してきたレーネの三番機が真横に並んだ。
〈方位はまだこのままで良いわ、高度二〇〇〇まで上昇したら機首を水平に、変速機を巡航に入れて〉
「はい!」
のどかは操縦桿を緩く傾け、身体に重力加速の負担が必要以上にかからないようにして機体を上昇させると、レーネの指示通り高度二〇〇〇キュピトで巡航に移る。
〈えーっと……これでよし、と。レーネさん! 今ので大丈夫ですか?〉
「問題ないわ、上出来よ」
レーネは、本当に感心していた。
何しろのどかにはまだ、基礎的な操縦について艦の上でしか教えていないのだ。
初めての飛行なら、普通ならもっと緊張したり、焦って間違いをしたりしそうなものだが、のどかの場合は機位を失うことも無く、初心者には難しい変速の操作もこなしてみせた。
ぶっつけ本番で正直心配だったが、杞憂だったようだ。
「次は方位を〇九〇に修正。一二分ほどで目的の海域に到達するはずよ」
〈わかりました〉
二機の『ガルーダ』は機首を東に向ける。
「ねえ、涼宮さん……」
風防の全面を眺めながら、レーネは呟く。
「これで良かったの? 貴女は戦いたくなかったはずなのに」
意地悪な質問だと自分でも思ったが、つい訊いてしまっていた。
〈そうですね……何が正しいかはわたしにはまだよくわからなくて〉
のどかの返答は、思いのほか早かった。
〈考えすぎるとうずくまってしまって、前に進めそうにないです。でもナターシャさんは、目の前で困っている人達を助けるために頑張ったんだと思います。だからわたしも今は、ナターシャさんを助けることだけ考えます〉
「そう……」
レーネは黙り、のどかは再び操縦に専念する。後には機体を風がたたく音と、『エルデマクト・リアクター』のキィンという駆動音だけが残る。
『正しいことを為しなさい。』
それは、かつてセシリアがレーネにくれた言葉。『フォレスタ』の一員となってから、その言葉を片時も忘れたことは無い。
しかし、正しいこととは何なのか。世界にとって、自分自身にとって。
何も答えを出せていないのは、レーネの方だった。
それを、のどかに気付かされた。
(行こう)
レーネは心の中で呟いた。
ナターシャを助けに。答えを探しに。