第4章(2)罪を背負っているのは君だけじゃない
文字数 1,295文字
「だからっ、勝手に過去形で語るな!」
ナターシャは風防を押し開けて立ち上がり、引っ掛かった鋼線に向けて拳銃を構えた。
機体が揺れ、立て続けの爆発による突風が荒れ狂う中で、集中力を振り絞って照準を固定する。
自分は、レーネのことがずっと嫌いだった。
でもそれは、レーネがランズベルク公国で魔力兵器の研究をしていたからじゃない。
嫌いなのは、その過去を嘆き諦めている、今のレーネ・シュタールだ。
「私は罪深いから、皆に憎まれるのは当然」そう決めてかかって、彼女はそれで罰を受けている気でいるのかもしれないが、そういう独りよがりで見下した態度が一番嫌いなんだ。
悲劇の主人公にでもなったつもりか。
そうすることで、周りの人間や『ムア』で亡くなった人々を貶めているのがわからないのか。
「罪を背負っているのは君だけじゃない!」
引き金を引く。
銃声は風にかき消される。
銃弾は鋼線をかすり、海賊船の甲板を穿っただけだった。
「罪なら誰もが背負っている! ……まして君や涼宮准尉が死ねば、自分は、どうしようもない重い罪を背負う!」
二発、三発。
いずれも当たらない。
「くそっ、どうして!」
ノヴゴロド陸軍時代、射撃訓練での命中率は隊で一番の腕前だった。
軍隊で女の自分が認められるにはそれしかないと、連日連夜、掌にタコができるまで練習した。それなのに。
機体の激しい揺れで、振り落とされそうになる。
見上げると、レーネの機体に再び誘導弾が迫っている。
焦燥と情けなさ、そして恐怖で身体が震える。
自分が死ぬのが怖いと思った。
仲間が死ぬのが怖いと思った。
どうして自分は、こんなにも無力なのか。
その時、通信機に聞き慣れた威勢の良い罵声が響いた。
〈正規軍出身が射的もできんのか、痴れ者めが!〉
「メルワ准尉!」
〈シャンタニさん!……どうやって機体の修理を?〉
水平線に小さな点が現れ、みるみる大きくなってくる。
一度は損傷して離脱していた、シャンタニ・ラージ・メルワ准尉の『ガルーダ』二番機だった。
〈頭を低くしておれ!〉
情け容赦のない機銃掃射が浴びせられ、鋼線が断裂する。
束縛を解かれたナターシャの機体は一気に上昇する。
「遅かったじゃないか」
〈やかましいわい〉
「三番機の魔力消耗が激しい、メルワ准尉、防壁を張るぞ!」
〈了解じゃ!〉
静止したままのレーネの三番機に誘導弾が命中しようとする間一髪のところで、垂直に割り込んだナターシャ、シャンタニの二機の魔力防壁が誘導弾を押し潰す。
絶妙のコンビネーションだった。
「……ありがとう」
助かった。私はまだ生きている。
レーネは全身の力が抜けていくのを感じた。
〈礼はいいから、はよう逃げんとまた撃たれるぞ〉
「いいえ、もう大丈夫。……彼等も間に合ってくれたようね」
天まで届くような凄まじい砲声が轟き、レーネの声を途中でかき消す。
誘導弾を撃ってきていた海賊のスループ船の周りで、尋常でない数の水柱が上がり始めた。