第2章(12)激闘
文字数 2,096文字
右、右、上、下、右、左。
シャンタニ・ラージ・メルワは小さな舌で唇を舐めながら、操縦桿を操り足元のペダルを踏み換え、機体を自在に滑らせる。
後方からは三発の誘導弾。
タイミングを見計らって垂直上昇をかける。勢い余った誘導弾が一瞬前に飛び出す。
その瞬間をシャンタニは逃さない。
六銃身回転式機関砲で弾幕を張りつつ、急旋回。
三発のうち二発が弾幕に撃破され、一発は『ガルーダ』の至近距離で爆発する。
シャンタニは生体同期装置で直前に魔力防壁を展開させた。翠色をした半透明の膜が拡がって機体を守る。
編隊訓練中はそのマイペースな動きをナターシャに咎められてばかりのシャンタニだったが、単機での機動においては、生まれつきの反射神経と動体視力が、この少女の非凡な才能を発揮させる。
ディータが海賊船を誘導する役目を、ナターシャと較べて飛行訓練時間の短いシャンタニに敢えて任せたのは、その才能に一目おいてのことだった。
しかし。
光線砲を備えた船を囲んだ一一隻のスループ船から次々と発射される誘導弾は、シャンタニの能力をもってしても手に余るものだった。
機関砲の残弾も残りわずかだ。
「っ……きりが無いのう!」
ぎりぎりで回避できても、至近距離で爆発されれば炎と破片から機体を守るために魔力防壁を発動せざるを得ない。
『ガルーダ』が搭載する小型の『エルデマクト・リアクター』の出力では防壁は長くは保たないし、発動させるほど緩衝機構を損耗させ、活動限界を早める。
回避機動に次ぐ回避機動でシャンタニ自身の疲労も蓄積されていた。
狭い座席の上で前かがみになり、後方をずっと警戒している。無理な姿勢が続き、首筋が痛んだ。
冷や汗で背中が寒く、少し気を抜けば手足の感覚が無くなってしまいそうだ。
〈メルワ准尉! 聞こえただろう、中佐殿の命令だ! ここを離れろ!〉
下で光線砲を押さえ続けているナターシャから通信が入る。
「そなたはどうするのじゃ! 命令に逆らうなどそなたらしくないぞ?」
〈勿論、自分も離れるさ。君は先に行け!〉
「嘘をつくでない!」
シャンタニは怒鳴り返した。
ナターシャのいる船の周りは、誘導弾を発射するスループ船に完全に囲まれている。
シャンタニの援護無しで飛び立とうとすれば間違い無く蜂の巣だ。それはナターシャもわかっているはずだ。
〈嘘はつかないよ、メルワ准尉〉
ナターシャの声を聞いて、シャンタニは嫌な胸騒ぎがした。
「いいや嘘じゃ、とにかく帰る時はそなたも一緒じゃ。妾だけ先に帰るなどご免被る」
〈……もしかして心配してくれているのか、准尉?〉
「かっ、勘違いするでない、いやしくもバーラト王女である妾の活躍する部隊で万が一にも死者なぞ出されては、王家の威信に関わるのじゃ!」
〈なら安心してくれ。自分はここで死ぬつもりなどない。いや、死ぬわけにはいかない。国の妹に仕送りできなくなるからな。個人的な理由で申し訳ないが〉
シャンタニは少し驚いた。
ナターシャが家族の話を自分から口にするのは初めてだったからだ。
少し黙ってから、ナターシャは続けた。
〈ただ、あそこに見える艦隊……大勢の人が乗っているだろう。国で帰りを待っている家族もいるはずだ。今、自分がこの光線兵器を押さえるのをやめたら、こいつはまた大勢の人を殺し、その人達の家族から希望を奪い、しかも『ムア』を拡げてまた人を苦しめる。……自分と妹は、『ムア』で両親を失くした。あの辛い思いを、こいつはまた誰かにさせようとしている。自分は……私は、それが許せない〉
ナターシャもまた、武装した海賊船の乗組員に遠巻きに囲まれていた。
『ガルーダ』の機関砲が弾切れになるのを待っているのだろう、銃や手榴弾での断続的な攻撃が続いている。
〈先に帰ったら涼宮准尉に、きついことを言ってすまなかったと伝えてくれないか。あの子、どういうわけか妹に顔がそっくりでな。できる事なら、戦場に出したくなかった。それとシュタール技術中尉にも、散々酷いことを言ってしまった。あいつ、本当は……〉
「それ以上は申すな!」
ナターシャの言葉を、シャンタニは途中で遮った。
「どうしてそんなことを妾に伝えるのじゃ。そなたが帰ってから二人に直接詫びれば済む話じゃろう、この痴れ者が!」
直後、別々の方向から計七発の誘導弾が同時に発射された。
シャンタニは瞬時にそれぞれの軌道を読む。
――避けきれない。
それでもシャンタニは操縦桿をいっぱいに押し込み、機首を海原へ垂直に向け急降下した。
誘導弾の吐き出す白い煙が螺旋状になって迫ってくる。
シャンタニは高度計と速力計に目を走らせ、機体が海面に激突するぎりぎりで操縦桿を引く。
四発を海に突っ込ませるのがやっとだった。
シャンタニは魔力防壁を最大出力で展開させる。
衝撃。
〈メルワ准尉ーっっっ!〉
ナターシャの悲鳴。
三発の誘導弾が『ガルーダ』二番機に突っ込んで炸裂した。
シャンタニ・ラージ・メルワは小さな舌で唇を舐めながら、操縦桿を操り足元のペダルを踏み換え、機体を自在に滑らせる。
後方からは三発の誘導弾。
タイミングを見計らって垂直上昇をかける。勢い余った誘導弾が一瞬前に飛び出す。
その瞬間をシャンタニは逃さない。
六銃身回転式機関砲で弾幕を張りつつ、急旋回。
三発のうち二発が弾幕に撃破され、一発は『ガルーダ』の至近距離で爆発する。
シャンタニは生体同期装置で直前に魔力防壁を展開させた。翠色をした半透明の膜が拡がって機体を守る。
編隊訓練中はそのマイペースな動きをナターシャに咎められてばかりのシャンタニだったが、単機での機動においては、生まれつきの反射神経と動体視力が、この少女の非凡な才能を発揮させる。
ディータが海賊船を誘導する役目を、ナターシャと較べて飛行訓練時間の短いシャンタニに敢えて任せたのは、その才能に一目おいてのことだった。
しかし。
光線砲を備えた船を囲んだ一一隻のスループ船から次々と発射される誘導弾は、シャンタニの能力をもってしても手に余るものだった。
機関砲の残弾も残りわずかだ。
「っ……きりが無いのう!」
ぎりぎりで回避できても、至近距離で爆発されれば炎と破片から機体を守るために魔力防壁を発動せざるを得ない。
『ガルーダ』が搭載する小型の『エルデマクト・リアクター』の出力では防壁は長くは保たないし、発動させるほど緩衝機構を損耗させ、活動限界を早める。
回避機動に次ぐ回避機動でシャンタニ自身の疲労も蓄積されていた。
狭い座席の上で前かがみになり、後方をずっと警戒している。無理な姿勢が続き、首筋が痛んだ。
冷や汗で背中が寒く、少し気を抜けば手足の感覚が無くなってしまいそうだ。
〈メルワ准尉! 聞こえただろう、中佐殿の命令だ! ここを離れろ!〉
下で光線砲を押さえ続けているナターシャから通信が入る。
「そなたはどうするのじゃ! 命令に逆らうなどそなたらしくないぞ?」
〈勿論、自分も離れるさ。君は先に行け!〉
「嘘をつくでない!」
シャンタニは怒鳴り返した。
ナターシャのいる船の周りは、誘導弾を発射するスループ船に完全に囲まれている。
シャンタニの援護無しで飛び立とうとすれば間違い無く蜂の巣だ。それはナターシャもわかっているはずだ。
〈嘘はつかないよ、メルワ准尉〉
ナターシャの声を聞いて、シャンタニは嫌な胸騒ぎがした。
「いいや嘘じゃ、とにかく帰る時はそなたも一緒じゃ。妾だけ先に帰るなどご免被る」
〈……もしかして心配してくれているのか、准尉?〉
「かっ、勘違いするでない、いやしくもバーラト王女である妾の活躍する部隊で万が一にも死者なぞ出されては、王家の威信に関わるのじゃ!」
〈なら安心してくれ。自分はここで死ぬつもりなどない。いや、死ぬわけにはいかない。国の妹に仕送りできなくなるからな。個人的な理由で申し訳ないが〉
シャンタニは少し驚いた。
ナターシャが家族の話を自分から口にするのは初めてだったからだ。
少し黙ってから、ナターシャは続けた。
〈ただ、あそこに見える艦隊……大勢の人が乗っているだろう。国で帰りを待っている家族もいるはずだ。今、自分がこの光線兵器を押さえるのをやめたら、こいつはまた大勢の人を殺し、その人達の家族から希望を奪い、しかも『ムア』を拡げてまた人を苦しめる。……自分と妹は、『ムア』で両親を失くした。あの辛い思いを、こいつはまた誰かにさせようとしている。自分は……私は、それが許せない〉
ナターシャもまた、武装した海賊船の乗組員に遠巻きに囲まれていた。
『ガルーダ』の機関砲が弾切れになるのを待っているのだろう、銃や手榴弾での断続的な攻撃が続いている。
〈先に帰ったら涼宮准尉に、きついことを言ってすまなかったと伝えてくれないか。あの子、どういうわけか妹に顔がそっくりでな。できる事なら、戦場に出したくなかった。それとシュタール技術中尉にも、散々酷いことを言ってしまった。あいつ、本当は……〉
「それ以上は申すな!」
ナターシャの言葉を、シャンタニは途中で遮った。
「どうしてそんなことを妾に伝えるのじゃ。そなたが帰ってから二人に直接詫びれば済む話じゃろう、この痴れ者が!」
直後、別々の方向から計七発の誘導弾が同時に発射された。
シャンタニは瞬時にそれぞれの軌道を読む。
――避けきれない。
それでもシャンタニは操縦桿をいっぱいに押し込み、機首を海原へ垂直に向け急降下した。
誘導弾の吐き出す白い煙が螺旋状になって迫ってくる。
シャンタニは高度計と速力計に目を走らせ、機体が海面に激突するぎりぎりで操縦桿を引く。
四発を海に突っ込ませるのがやっとだった。
シャンタニは魔力防壁を最大出力で展開させる。
衝撃。
〈メルワ准尉ーっっっ!〉
ナターシャの悲鳴。
三発の誘導弾が『ガルーダ』二番機に突っ込んで炸裂した。