第1章(4)わたしが操縦士!?

文字数 2,783文字

「お前達の新しい仲間を紹介する、涼宮のどか准尉だ」

 特務輸送艦『エピメテウス』に乗り込み、船の巨大さとは対照的な狭い通路を歩かされること数分。
 分厚くて頑丈そうな扉をいくつもくぐった先、第一状況説明室という窓の無い部屋に案内されたのどかを、二人の少女が待ち受けていた。
 
 黒板から向かって手前には灰色の髪を短く切り、色白で目の細い少女。
 奥には栗毛を三つ編みにして、頭にターヴァンを巻いた褐色で目の大きな少女。
 二人ともディータと同じ、紺の詰襟を着込んでいる。

「初めまして、涼宮のどかです! 東のヤマト国から来ました。特技は素潜りと剣道で、好きな食べ物はお魚、苦手な食べ物は梅干です。炊事に洗濯お掃除何でも一所懸命頑張りますので、どうかよろしくお願いします!」

 ディータに紹介されたのどかは、元気よく挨拶した。
 ところが。
 のどかが自己紹介を終えるや否や、手前に座る灰色髪の少女が机に手をついて勢いよく立ち上がった。

「また素人ですか? 自分は納得できません!」

「わわっ、ごめんなさい!」

 急に怒り出した初対面の相手に驚いて思わず謝ってしまうのどか。
 ディータが困り顔で仲裁に入る。

「おいおい……しょっぱなからいきなりそれはねえだろナターシャ。大体『ガルーダ』を飛ばすのに、過去の経歴なんて問題じゃないと思うが……」
「隊内の規律の問題であります、中佐殿! ただでさえ、メルワ准尉があんなだというのに……」

 そういって灰色髪の少女が指差したのは、部屋の奥にいる栗毛の三つ編み頭にターヴァンを巻いた少女だ。

「あんなとは何じゃ、無礼であるぞ」

 奥にいるターヴァンを巻いた少女が初めて口を開いた。
 幼い声には不似合いな古めかしい喋り方だ。

「涼宮のどかと申したな、遠方からの長旅大儀であった。(わらわ)はシャンタニ・ラージ・メルワ准尉じゃ。それから、そこにおる娘は礼儀作法を知らぬ痴れ者ゆえ、何を言われても気にするでないぞ」
「無礼なのはいつもそっちだろう! 大体、机の上に座るなって何度言ったらわかるんだ!」

 灰色髪の少女が怒って言い返すのを聞いてのどかは、奥にいる少女が椅子に座っているのではなくて、机の上に派手な模様の絨毯を敷き、その上にあぐらをかいていることに気付く。

「だまりゃ。妾はいやしくも大バーラト帝国の王位継承順位第八七位の王女であるぞ。この『フォレスタ』なる組織にも、バーラト王の命をもって国の代表として派遣されておるのじゃ。その妾が、そなたのような下賤の輩と同じ高さに腰掛けでもしたら、国と王家の威信に関わるではないか。のうディータ?」

 少女の緑色の目が、同意を求めるようにディータに向けられる。

「えーとな王女様、別にどんな座り方しようとあたしは構わねえんだが、その机軽いからあんまりふんぞり返るとあぶな……」

 ディータが親切に注意した時には手遅れで、机はガタンとひっくり返り、あぐらをかいていた少女はそのまま後ろに転落し……

「た、た、助けてたもれええええ!」

 ……寸前で誰かに抱き止められた。

「うふふ……はい助けましたよ、シャンタニさん」

 いつの間にか後ろの扉から新たに部屋に入ってきていたのは、眼鏡をかけた金髪の女だ。
 長身で学者然とした白衣を身に纏い、他の二人よりどこか大人びた雰囲気がある。

「ふう、危ないところじゃった。礼を申すぞ、レーネ」
「うふふ……」

 優しく微笑みながらターヴァンを巻いた少女を再び机の上に戻すと、白衣の女は打って変わって挑戦的な表情を浮かべ、灰色髪の少女に向き直った。

「ノヴゴロドの田舎兵士がいっぱしの職業軍人を気取って、新入りの批判ですか? 滑稽過ぎて見ていられませんわねえ、スミルノワさん」
「うるさいぞ、ペーネミュンデの魔女め!」
「あらあら、怖い怖い」

 敵意を剥き出しにする灰色髪の少女を肩をすくめて受け流すと、白衣の女はのどかに一礼した。

「レーネ・シュタール技術中尉よ、よろしくね。えっと……」
「涼宮のどかです。初めまして!」
「スズミヤ? ……ひょっとして、あの超能力や宇宙人の研究で有名な?」
「え? ち、違います。というか、誰ですかそれ?」
「うふふ……さあ、誰でしょう?」

 のどかと白衣の女のやり取りの途中で、灰色髪の少女のこめかみに青筋が浮かぶ。

「中佐殿、自分は飛行訓練に戻らせて頂きます!」

 灰色髪の少女はそう言い捨てると、扉を乱暴に閉めて部屋を出て行った。
 何が何だかさっぱりわからないのどかが、おずおずと訊ねる。

「あ、あの……今の方は?」
「ん? ああ悪ぃ、紹介していなかったな。今出てったやたらツッパッてる奴はナターシャ・スミルノワ少尉だ。北方のノヴゴロド陸軍からの転属で、いちおーお前が今日から所属する『ガルーダ』隊のリーダーって事になってるんだが……」
「うふふ……怒りんぼさんなのよねえ」
「あやつめ、妾と初めて会うた時も妾を素人とぬかしおった。全く無礼千万じゃ、こう見えても妾は昔、父上より預かった千の軍勢を率いて……」
「そいつはすげえな。で?」
「飼っておった猫がいなくなったのを探し出したことがあるのじゃ」
「…………」

 面白い話だったが、気になることがあったのどかは割って入ることにした。

「あの、ディータさん」
「どうした?」
「わたしがその『ガルーダ』隊に所属するというお話ですが、その……具体的にわたしはどんなことをするんでしょう?」

 ヤマトの村に届いた『フォレスタ』からの手紙には、のどかが試験に合格したという通知と『フォレスタ』という組織の簡単な概要が書かれていただけで、実際に配属される部署の詳細は機密事項として伏せられていたのだ。

「何だそんなことか」

 ディータはあっさり答えた。天井を指差して、

「さっき見ただろ、あの上を飛んでたやつ。あいつの操縦士になるのさ」
「え……ええ? 上を飛んでたやつってまさか、あの『ガルーダ』とかいう……?」
「おう、そうだぜ」
「そ、そんな……」
「勿論、炊事とかもやってくれるってんなら大歓迎だぜ! 王女様にバーラト名物のカリーを作ってやってくれよ。あたしも食いてえし」
「だから何度も申しておるじゃろうディータ、バーラトにはカリーなどという料理は存在せんのじゃぞ。あれは妾の国の香辛料から西方人が勝手にこしらえた……ん、どうしたのじゃ、のどか? 気分でも悪うなったか?」
「うふふ……涼宮さん、顔色が悪いわよ?」

 三人が何かを言っていたが、のどかは目が回りそうで聞こえなかった。


(お父さん、お母さん……のどかは大変なところに来てしまったみたいです……)
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