30.生と死のパラドックス:後編
文字数 2,705文字
まるで、生きていることのほうがおかしいと言わんばかりの台詞だった。
人によっては、「死ね」とも聞こえるかもしれない。
だが、僕にはちゃんと届いた。
レン子先輩が本当に知りたいことは、生きる方法なのだ。
正直に告げたら、レン子先輩の瞳が興味深げに光った。
今まで、誰にも教えたことのない理由。
他の人はきっと笑うだろうことも、この人なら真面目に聴いてくれる。
そう、思えたから。
レン子先輩が例に出したのは、アインシュタインが生み出した世界一有名と言われる式だった。
科学雑誌を読んでいるだけあって、それなりに詳しいらしい。
そのとき、レン子先輩は目を丸くした。
出会ってから今までで、初めて目にする表情だった。
そう、それこそが、僕の生きる意味。
僕は自分の人生そのもので、実験することを思いついたのだ。
レン子先輩の口調は、ひどく楽しそうだ。
その珍しい姿に内心ホッとしながら、僕は言葉を続けた。
もう、レン子先輩をまっすぐ見つめることに、戸惑いはなかった。
意外な言葉に、今度は僕が目を丸くする番だった。
なんでか、やけに嬉しかった。
僕は――
僕は椅子から立ちあがると、レン子先輩の傍まで行った。
一方的な懇願だ。
僕にそんな権利も、資格もないことはわかっている。
レン子先輩にとっては、迷惑でしかない言葉であることも。
それでも、言わずにはいられなかった。
僕に居場所をくれた彼女を、易々と失いたくはない。
生きることがつまらなくても、苦痛でも、それでも生きていてほしい。
そう思えたのは、初めてのことだった。
そして――
つぅーと、楽しそうだった彼女の瞳から、ひと粒落ちる。
いつの間にか泣いていた僕と呼応するように、レン子先輩も泣いたのだ。
やっぱり初めて見せる顔で。
幾筋流れても、まったく気にしない様子で、レン子先輩は僕を見あげてくる。
ふわりと、笑顔を見せた。
誰かのためになれることなんて、絶対ないと思っていた。
僕が誰かを救えることなんて、ありえないと。
でも――僕にもまだ、できることがあったんだ。
話を聴くこと。
苦しみを分かちあうこと。
自分の意見を、素直に伝えること。
そのどれもが、あたりまえの行動で。
それでも、誰かの思いを変える力を持っている、大事な行動で。
僕は今それを、実感していた。
なにかを成し遂げたわけでもないのに、涙がとまらなかった。
そんな僕を、同じように涙に濡れたレン子先輩が抱きしめてくれる。
久しく感じたことのない温もりに、よけい涙が溢れた。
それでも返事だけはしっかりする僕がおかしかったのか、レン子先輩は肩口で小さく笑う。
反射的に訊ねると、レン子先輩は僕の頬を両手で包みこみ、自分のほうを向かせた。
そして、最も破壊力があり、かつ、衝撃的な言葉を口走る。