25.すべてを証明できるのか:前編

文字数 2,138文字

 その日部室に行くと、いたのはレン子先輩とギャル子だけだった。


 ギャル子はふたりきりの時間を邪魔されたせいか、露骨に睨んできたが、もう慣れてしまった僕は怯まない。


 我ながら、だいぶ成長したとは思う。

(――でもやっぱり、早く石橋先輩に来てほしい!)

 男ひとりだと、どうにも落ちつかないのだ。


 やはりパラ研は、四人揃ったときが最も安定している気がした。

わりぃ、遅くなった。

 やがて石橋先輩が部室に飛びこんでくる。


 その手には、なぜか謎の実が握られていた。

あれー? なに持ってるんスか? バシ先輩。
これか? 俺もよくわかんねーけど、自転車のサドルの上に置いてあったんだ。
あ、石橋先輩は自転車通学なんですね。

 なんとなく意外に思いつつ見せてもらうと、赤くて小さな木の実だった。


 どうして木の実であるとわかったかといえば、まだ枝がついていたからだ。


 石橋先輩はどこか腑に落ちない表情で、口を開く。

実はな、サドルに穴をあけられてて……それでこれが置いてあったから、詫びの品なのかと思ったんだが。
昔話に出てくる、タヌキとかキツネとかがやりそうなことっスね。
お? ギャル子でも昔話を見て育ったのか?
バシ先輩はあたしをなんだと思ってるんスかっ

 そうして始まりかけた漫才を、レン子先輩の一言がとめる。

カラスでしょ。
カラス?
たまにあるわよ、そういうこと。

 どうやらレン子先輩もやられたことがあるようだ。

じゃあこの木の実は、カラスの詫びの品なのか!?
偶然でしょ。
ノンノン、素直に詫びの品だと思って、許してあげたほうがいいっス! そしたらあとで姿を変えてお礼に来るかもしれないっスよ~。
おまえはとりあえず昔話から離れろ。

 どこから突っこんでいいかわからなかったので、黙っていた。


 僕に、レン子先輩が振ってくる。

カラスと言えば、こういうパラドックスがあるわよ。
なんかその入りかた、某教授みたいっス。
正直ちょっと意識したわ。
やっぱりか……

 今日はなぜか、レン子先輩もノリがいいようだ。


 黙っているとまた脱線しそうだったので、話しかけられた僕が先を促す。

そ、それで? カラスのパラドックスって……?
それね。カラスって基本黒いものでしょ。でも、もしかしたらなかには別な色のカラスもいるかもしれない。そこで問題よ。すべてのカラスが黒いことを証明する方法は、あると思う?

 そんな方法、あるわけがない。


 出題者がレン子先輩以外の人物だったなら、おそらくそう即答したと思う。


 だが今日も、レン子先輩は言った。


 これはパラドックスの問題だと。


 つまり、答えは存在するはずなのだ。


 どんなに荒唐無稽なものであれ――。

ハイハイ!

 そこで元気よく手をあげたのは、ギャル子だった。

それは簡単っス。すべてのカラスを捕まえて、確かめればいいっスよ。
そうね。それもひとつの方法よ。
(え、そんなのでいいの!?)

 ちょっと拍子抜けしてしまったが、さっき荒唐無稽でもいいと考えたのは僕自身だ。


 それに、ギャル子の言うことは間違っていない。


 確かにすべてのカラスを実際に捕まえて確認できるならば、それが最も確実な方法と言えるだろう。


 だが気になるのは、レン子先輩の応えだった。

それもひとつの方法……ということは、他にも方法が?
もちろん、あるわ。

 まだ考える余地はあるらしい。


 無茶な方法でもいいとわかれば、僕にも思いつけるかもしれない。


 そう考えた僕は、思考を転がしはじめる。


 すべてのカラスは黒い。


 それを証明するためには、すべてのカラスを確認する必要がある。


 これを逆に考えてみたらどうだろう?


 黒くないカラスはいない。


 それを証明するためには――

そうか、逆にすべてのカラス以外のものを確認するという方法もある……?

 結構自信を持って口にした回答だったが、レン子先輩は首を横に振った。

それじゃあダメよ。万が一黒くないカラスがいたとしても、確認できないわ。
あ……っ

 言われてみればそのとおりだった。


 カラス以外のものを確認しただけでは、すべてのカラスが黒い証明にはならないのだ。

でも、惜しいわよ。カラスそのものではなく、それ以外のものを確かめるという考えかたは、合っているから。
は? 考えかたが合ってるなら、なんで違うんだ?

 流れについてこられないのだろう、石橋先輩が首を傾げる。


 次いでギャル子が、

じゃあ、じゃあ、すべてのカラス以外のものと、万が一黒くないカラスがいたらそいつも調べたらどうっスか!

 実にストレートな条件を追加してきた。


 が、レン子先輩はそれを華麗にあしらう。

あのね……それができるなら、最初から黒以外のカラスを探すわ。でも、それって結局あなたが最初に言ったことと同じでしょう?
あっ、そうっスね。結局全部のカラスをチェックすることになるっスから……

 シュンとしてしまったギャル子に、レン子先輩はため息をひとつ。

いいわ、さっきの言葉、言いなおしてあげる。
さっきの言葉?

 どれのことだろうと訊き返した僕に、レン子先輩は最後のヒントを投げてくる。

黒いカラスそのものではなく、それ以外のものを確かめるという考えかたは、合っているの。

(続く)




Q.すべてのカラスが黒いことを証明する、もうひとつの方法とは?

  ぜひ考えてみてください。

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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