2.パラ研へようこそ:後編
文字数 3,236文字
その台詞に含まれた、圧倒的な情報量を前に、僕の脳内は密かにフル稼働していた。
パラ研の正式名称。
そして、彼女――レン子先輩が僕の名前を見て「まぎらわしい」と言った理由。
なぜ『飼い主』が必要だったのか。
感心したのはお互いさまだったのか、レン子先輩が僕に振ってくる。
めちゃくちゃ自分本位な理由で、かつ、めちゃくちゃ正直である。
ただ、そこまでのハチャメチャ感は自分にはないものだったから、僕は少し羨ましく感じた。
きちんと促してくれるやさしさに感謝しつつ、口を開く。
褒められること自体があまりに久々で、僕はうまく反応できなかった。
そこに追い打ちをかけるように、レン子先輩がさらなる確認を求めてくる。
そもそも僕は、断る余地がないと思ったから、この『パラドックス研究会』に仕方なく入ったのだ。
なにかアイディアがあったわけではなかったが、思いついたことを口にしてみると、レン子先輩は軽く頷いた。
そうしてレン子先輩が教えてくれたのは、とあるジレンマを抱えた一匹のワニの話だ。
確かに似ていた。僕の場合、予想したのはレン子先輩のほうで、言い当てられたのは僕だったが、やりたいことはきっと同じだ。
おそらくワニは、子どもを食いたくてそんなことを言ったのだ。言い当てられるわけがないと、高を括っていたに違いない。
さっきの僕のように。
答えは簡単だ。
それこそさっき、レン子先輩にやられたことをやり返せばいいのだから。
結構自信を持って告げた答えだったのに、あっさりと否定された。
やっと理解した僕に、今度は拍手が飛ぶ。
さっきレン子先輩が「あなたたちじゃ議論にならない」と言っていた意味も、理解できた。
しかし、まだわからないこともある。
そう、もしそのまま使っていたのなら、僕もワニと同じジレンマに陥るはずだったのだ。
それなのに僕は、ナニゴトもなく部室にいる。
いつになく脳みそをフル回転させながら。
レン子先輩は相変わらず無表情でありながらも、目だけは楽しそうに爛々と輝かせて解説してくれた。
レン子先輩が賭けを申し出たときの言葉を、思い出してみる。
『私がこれから、あなたが今考えていることを当てるわ。成功したら入ってちょうだい』
確かに、「外れたら入らなくていい」なんて一言も言っていなかった。
ならば、もしその条件があったなら、僕は入部せずに済んだのだろうか?
いくら考えても思い浮かばない。
でも、素直にヒントを求める度胸もなくて、僕はただレン子先輩を見やった。
さすが同類だ、それだけでわかってくれる。
温度差が酷い。
だがレン子先輩はまったく気にせず、マイペースを保ったまま話しつづける。
単純に考えれば、必ずしも食べる必要はないということだ。
『食う可能性がある』と『食う』には、言葉で感じる以上の大きな差がある。
思考は、くり返す。
僕はもう一度、レン子先輩に言われた言葉を思い返した。
『私がこれから、あなたが今考えていることを当てるわ。成功したら入ってちょうだい』
『あなたは今、なんか怪しいからパラ研に入りたくない――そう思っている』
そうだ、最初からレン子先輩は、僕がパラ研に「入る」か「入らない」かという話はしていなかった。
僕の考えを予想していただけで、断言はしていない。
ならば結論は、それこそワニと同じだ。
それこそが、入部を断る余地――僕は証明しなくてもいいものを、証明してしまったのだ。
レン子先輩は満足そうに大きく頷く。
結局、入部する選択肢しかなかったようだ。
だけど、そんなに悪い気はしなかったのは、僕がほんの少しだけパラドックスの面白さに目覚めてしまったから。
それを斬る魔女の手管に、魅入られてしまったから――なのかもしれない。
(続く)