23.選択に潜む落とし穴:前編

文字数 2,110文字

 すっかりゲームにハマったらしいレン子先輩は、翌日も新たな問題を出してきた。

いい? 幹太。私たち三人のなかに、『悪魔』がいるの。あなたにはそれを当ててもらうわ。
は、はぁ……

 相変わらず突拍子もない設定だが、もう慣れた。


 三人というのはもちろん、レン子先輩、石橋先輩、ギャル子のことである。

それで、僕はどうすれば?
とりあえず、誰かを指名して。
じゃあ、レン子先輩。
なんでよ。
だ、だって、いちばん悪魔っぽいじゃないですかっ。そもそも『パラドックスの魔女』って呼ばれているんでしょう?
誰がそんなこと言ったの。
石橋先輩が……

 そう、僕がこのパラ研に入部したての頃、こっそり教えてくれたのは石橋先輩だった。


 そう呼ばれるくらい変な人だが、取って食ったりはしないから安心してほしいと。


 ――実際は、別の意味でまったく安心できない人だったが。

飼い主ぃ……
ひぃぃいいいっ。お、俺は事実を言っただけだろ!?

 レン子先輩に鋭く睨まれ、石橋先輩は縮みあがる。


 なんだかんだ言っても、飼い犬のほうが立場は上らしい。

ま、いいけど。

 ひと睨みして気が済んだのか、すぐにいつもの真面目な表情に戻るレン子先輩。

つまり幹太は、現状私を悪魔だと思っているのね。
そ、そうですね。
ちなみに、外すとあなたの足もとに穴が開いて落ちるから。当たったら、悪魔の足もとに穴が開くわ。

 あまりにも茶化さず言うものだから、本当に穴が開きそうで怖い。

じゃあここで、スペシャルヒントよ。あなたが選ばなかった、飼い主とギャル子のうち、ギャル子は悪魔ではない。
えっ
そこまで教えるのか!?

 僕が言いたかった続きを、石橋先輩が言ってくれた。


 それだと、今まで三分の一の確率だった正解が、実質二分の一になってしまう。


 いくらヒントとはいえ、やりすぎではないか。


 しかし当のレン子先輩は、相変わらずケロッとしていて。

なに言ってるの。肝心なのはここからよ。
ここから?
幹太には、一度だけ予想を変える権利を与えるわ。悪魔は私のままでいいのか、それとも飼い主に変えるか。
あ……

 そうだ、そうだった。


 一度の選択では終わらないのが、パラドックス問題の特徴とも言える。


 今突きつけられた選択は、昨日の『交換のパラドックス』と少し似ていた。


 そのままでいることと、選択を変えること。


 一体どちらが得なのか……?

……これは、期待値を考える問題? でも、賞金があるわけじゃないから、計算しようがないですよね。
そうね。だから、確率で考えるしかないわ。
な、なるほど。
(でも、確率だって同じ二分の一なんじゃ!?)

 そう思っても口に出せないのは、きっと違うからだ。


 そんな単純な問題であったなら、レン子先輩が出題するはずがない。


 どこかに引っかけがあるはずだった。

ちなみに、この問題も昨日のと同じで、明確な答えがあるんですか?

 念のため確認すると、レン子先輩はあっさりと頷く。

あるわ。
そ、そうですか……
もっと言うとね。明確な答えがあることに違和感を覚えているのなら、あなたはもうパラドックスに陥っている。
えっ

 それはつまり、自分の感覚と実際の確率が異なることを示していた。


 そして、似たような問題があったことを思い出す。

(あれは確か……『三囚人のジレンマ』!)

 自分以外の処刑予定者ひとりの名前を聞き、自分が処刑される確率はさがったと、勘違いをした話だった。


 実際には、過去に決定された確率は変わらない。


 事実がひとつ明らかになったところで、処刑されるのは三人のうちふたり――三分の二の確率である。(11~12話参照)


 その考えかたを、今回の問題にも応用できないだろうか?


 僕は必死に脳内をフル回転させる。

三人のうち、誰かひとりが悪魔なんだから、確率は三分の一……そうか、その事実はもう過去に決定されたことなんだから、『ギャル子は悪魔ではない』という事実がひとつわかったところで、確率が二分の一に変わるわけではないんですね。
おー、そう言われると俺にもなんとなくわかる。
でもでもっス。レンちゃんが悪魔である確率と、バシ先輩が悪魔である確率が同じって意味じゃ、二分の一だろうが三分の一だろうが変わらなくないっスか?
あ……

 ギャル子が珍しくまともなことを言った。


 レン子先輩から「悪魔じゃない」と告げられ、嬉しいのかもしれない。やたら上機嫌だ。


 ……いや、実際には悪魔じゃないのは全員そうなのだが。


 レン子先輩か石橋先輩が悪魔である可能性は、それぞれ三分の一。


 今までの話から割り出すとそうなるのだが、実際にはこれが間違いであることをレン子先輩からすでに指摘されている


 なぜなら、レン子先輩は明確な答えがあると言った。


 つまり、確率的にはどちらかが上まわるはずなのだ。


 だが、いくら考えても答えは出てこない。

うう……

 しまいには唸り声をあげてしまった僕に、レン子先輩はもう一度手を差し伸べた。

――コツとしてはね、『私か飼い主』の二択で考えるのではなく、『あなたが選んだ人とあなたが選ばなかった人』の二択で考えてみたらいいわ。

(続く)




Q.悪魔はレン子か、石橋か。どちらの確率が高いと思いますか?

  ぜひ考えてみてください。

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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