13.行き着く先はひとつ:前編

文字数 2,635文字

 数週間後、部室に行くと石橋先輩とギャル子が大学祭の話で盛りあがっていた。

バシ先輩は、誰がミスAE大になると思うっス?
うーん……そうだな、俺の好みだと、三番の彼女がいいかなー。
エロカワ系じゃないっスか! レンちゃんとはずいぶん違うっスけど……
だから、別にレン子のことが好きで一緒にいるわけじゃないって、何回も言ってるだろ!? 飼い主の立場だって、誰かに譲れるもんなら譲りたいくらいだが――

(その台詞の流れで、僕を見るのはやめてっ!)

レ、レン子先輩は、ミスコンの投票とか参加するんですか!?

 話題をミスコンに戻そうと、僕は無理やりレン子先輩に振った。


 するとレン子先輩は一瞬だけこっちを見て、一言。

興味ないわ。
ですよね……
ミスコン自体に興味はなくても、誰が一位になるかを当てる賭けには興味があるんじゃないか?

 石橋先輩のアシストに、少し目を細めるレン子先輩。

そうね……どちらかというと、私が興味あるのは、投票方法かしら。
投票方法? って、普通に名前書いて投票するんじゃないんですか?

 この手の投票で、それ以外に聞いたことはない。


 もっとも、僕だってあんまり興味がなくて、参加しないタイプではあるのだが。


 レン子先輩は軽く頷いて、答える。

複数の選択肢のなかから、ひとつ選んで投票することを『単記投票方式』と言うのだけど、これって本当に平等だと思う?
え……

 また突然飛んできた思いがけない質問に、僕は思わず息を呑んだ。


 レン子先輩がこういった質問をしてくるとき、大抵答えはノーなのだ。


 そしてその原因は、やはりパラドックスであることが多い。


 僕は慎重に思考を巡らせる。


 投票の問題でまっ先に思い浮かんだのは、選挙の話だった。

もしかして、よく耳にする『一票の格差』の問題ですか?
違うわ。
(違ったー!)
それも問題ではあるけれど、ね。私が思う問題は、単記投票方式による投票では、最もミスに相応しくない女性がミスになってしまう可能性もある、ということよ。
え、なんでだよ? みんなが選んでるのは、最もミスに相応しい女性なんだろ?
そうっスよ。いちばん票を集めたら、いちばん望まれてることに間違いはないっス。
本当にそうかしら? じゃあ、私たちを例に考えてみましょうか。

 そう言ってレン子先輩は、取り出した紙になにかを書きはじめた。

ミスコンへの立候補者は、ABCの三人いたとする。投票者は私たち四人よ。それで投票した結果、こうなった。

 A:石橋、ギャル子(二票)

 B:レン子(一票)

 C:幹太(一票)

この場合ミスに選ばれるのは、二票を獲得したA……ですよね?

 僕が探るように問いかけると、レン子先輩は頷いてくれる。

そうね、それは誰が見ても正しく、覆らないわ。でもね、同じ三人を対象に、今度は『最もミスに相応しくないのは誰か?』を訊ねたとする。その結果、こうなった。

 A:レン子、幹太(二票)

 B:石橋(一票)

 C:ギャル子(一票)

お、おい、またAが一位になってるじゃないか!
あれー、ほんとっス。しかも、さっきAを支持しなかったふたりが……
つまり、Aは『最もミスに相応しい』と望まれているのと同じくらい、『最もミスに相応しくない』とも思われている。そういう結果が隠れている可能性があるの。もしそうなった場合、果たしてAは本当にミスに相応しいのかしら?
そう言われると、考えてしまいますね……

 もし次点の人のほうが、『最もミスに相応しくない』と考える人数が少ないのであれば、そっちを推すのも間違いではないように思えてくる。


 今までこの問題に気づかなかったのは、そういった問いを同時に、かつ大勢の人に投げかける機会が、そもそも少ないからなのだろう。

でも、考えてみれば、よく雑誌の企画とかである『好きな芸人』、『嫌いな芸人』が同じ人で、不思議に思ったことはあるっスよ。
あー、確かに見るなぁ。
いい意味でのいちばんと、悪い意味でのいちばんは、両立することがあるんですね……
そう。調べられないだけで、むしろ悪いほうの票が多いことだってあるの。だから、投票の結果が一位だったとしても、本当に支持されているかはまた別問題ということね。
…………

 僕は今まで、多くの場面で投票を経験してきた。


 たとえば、クラスの委員を決めるとき。


 たとえば、文化祭でなにをやるか決めるとき。


 学校ではなんだかんだと投票の機会が多く、それで決まってしまったら、問答無用でやらざるをえない圧力があった。


 みんな、その結果を無条件に信じていた。

(でも、違うんだ。本当に全員がいちばんに望んでいる。そんな結果ではなかったかもしれない可能性も、充分にあるんだ。絶対に嫌だと思っていたのは、僕だけじゃなかったかもしれないんだ――)

 それを教えられて、僕は投票に漠然と感じていた不公平感の理由を、やっと知れた気がした。


 やはり、結局は声が大きい者が勝つという図式は、けっして平等ではなかったのだ。

投票はね、根本的に不平等なものなのよ。
え?

 僕の表情からなにかを察したのか、レン子先輩は続ける。

たとえば、『勝ち抜き方式』の多数決は、組み合わせによって結果が変わってしまうことがある。
勝ち抜き方式? って、トーナメントみたいなものですか?
そう。たとえば――スポーツの話になるけれど、一回戦から優勝候補同士が当たってしまって、負けたほうはベスト四に入る実力がありながら残れないとか、そういうことがよくあるじゃない?
そういう場合、組み合わせが悪かったって嘆くしかないんだよなー。
そう言われると、確かに不公平っスね。
組み合わせしだいで結果が変わる、典型例ね。もちろん、どの相手より圧倒的に優れていれば、どんな組み合わせだろうと常に一位になれるのでしょうけれど。逆にその場合、投票をする意味もないわね。
た、確かに……

 そもそも投票は、なにかを決めるためにやるものなのだ。


 誰の目から見ても圧倒的な支持があるのなら、やるまでもなくみんな納得するだろう。

そういう意味では、リーグ戦みたいに全員を全員と比べる方式が、いちばん平等なのか?

 石橋先輩が首を捻りながら訊ねると、レン子先輩は頷く。

それを『総当たり決戦方式』と言うのだけど、確かにそれならすべての相手と比べられるのだから、かなり正確な一位を出すことができるでしょうね。ただ、このやりかたには致命的な問題点があるの。なんだかわかる?

(続く)




Q.レン子の言う『致命的な問題点』とは?

  ぜひ考えてみてください。

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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