1.パラ研へようこそ:前編
文字数 3,277文字
――そんな意気込みで、サークル勧誘の大波のなかを泳いでいた僕は、ナニゴトもなく泳ぎ切ってしまったことに愕然としていた。
そう、誰からも声をかけられなかったのである。
項垂れてわかりやすく落ちこんでいると、不意に後ろから肩を叩かれた。
念願の感触に高鳴る胸をおさえ、「はいっ!?」と声をひっくり返しながら振り返る――と。
そこに立っていた女性は、やけに整った顔立ちをしていはいたが、いかんせん発しているオーラがものすごく暗かった。
無造作に伸ばされた黒髪に、目の下のクマが妙にマッチしている。色白だから、よけいに目立つのだ。
しかも、自分から肩を叩いてきたくせに、真顔で僕を見つめるだけでなにも言い出さない。
身長が同じくらいだから、より距離が近くて、僕はいたたまれなくなった。
視線を外しながらなんとか問いかけると、やっと一言。
意外な言葉が出て、思わずもう一度彼女の顔を見やったが、その表情に変化はなかった。
全部図星だった。
彼女はさらに、早口で続ける。
言いながら差し出されたのは、一枚の紙。
受け取って目を落とすと、『パラ研メンバー募集中』とだけ書いてあった。実にやる気のないチラシだ。
いろんな『パラなんちゃら』が思い浮かんだが、とにもかくにもこの女性はヤバそうだ。
僕の直感が告げていた。
うまく断る言葉さえ思いつけない僕に、彼女は畳みかけてくる。
内心ものすごく動揺していたが、それがあまり顔に出ないのが根暗のいいところ(?)である。
僕は気づかれないよう深呼吸をしてから、応えた。
その返事にも、彼女はニコリともしない。
やはり同類なのだろう。
少しもったいぶってから、口を開いた。
表情には出さないよう努めていたつもりだったが、バッチリ読み取られていたようだ。
しかし、まだだ。まだ負けが決まったわけではない。
なぜなら、僕がそれを肯定しなければいいだけ――
そこまで考えて、ようやくカラクリに気づいた。
これは罠だったのだ。
すかさず差し出された入部希望の紙に、おとなしく手を伸ばすことができない。
そんな僕をやはり見透かしているのか、彼女は一歩近づいて告げる。
怯えながらも仕方なく受け取った僕は、震える手で名前を書くと、彼女に返した。
彼女はその紙を一瞥してから、再び僕のほうを見る。
言いたいことはいろいろあったが、彼女が発する威圧感にはとても勝てず、頷くしかなかった。
根暗の哀しい性質である。
先に歩き出した彼女の後ろを、とぼとぼとついていく。
再びサークル勧誘の大波のなかを泳ぐ羽目になったが、不思議と最初のときよりは気持ちが楽だった。
自分をそう納得させようとしていた。
僕を、またも彼女は裏切っていく。
歩きながら振り返ると、僕の名前が書かれた入部届をヒラヒラさせて、続けた。
訊ねてみても、彼女はそれ以上応えない。
そうしているあいだに、部室と思われる場所に着いてしまった。
サークル棟の一階、いちばん奥。
なんの変哲もないドアを、彼女はノックもなしに開ける。
彼女――どうやらレン子というらしい――の言葉に、返ってきた声はふたつだ。
狭い部屋のなかを覗いてみると、メンバーはそのふたりしかいないようだった。
あまり大所帯ではないことに、ホッとしてしまう僕。
なんて安心する一方で、実は意外さも感じていた。
なぜなら、部員らしきふたりの見た目が、あまりにも同類からかけ離れていたからだ。
こんなちょっとの会話のなかでも、ツッコミどころがありすぎる。
僕はもうどうしたらいいかわからなくて、彼女に誘導されるまま用意されたパイプ椅子に座った。
それを見届けた彼女は、長机のお誕生日席に着き、棒読みでみんなを促す。
横から茶化したのは、いかにも社交的に見える男子だ。少なくとも、僕と話が合いそうにはなかった。
だが意外にも彼女は違うようで、文句を口にしつつも会話は続く。
そこで僕の視線に気づいたのか、彼は肩を竦めると立ちあがった。
僕がどんな反応を示す隙もなく、彼女は容赦なく促す。
それに反応して立ちあがった女の子は、やっぱり彼女とはまったく違う人種のように見えた。
テンションが違いすぎて、ついていけない。
しかしやっぱり彼女は慣れているようで、ナニゴトもなかったかのように「最後は私ね」と立ちあがった。
そう言って彼女が初めて見せた、真顔以外の表情は、ドヤ顔だった。
(続く)
Q.レン子が言った「入部を断る余地」とはなんだったのか?
ぜひ考えてみてください。