1.パラ研へようこそ:前編

文字数 3,277文字

(根暗がなんだ! そっちから話しかけてくれさえすれば、僕だってそれなりに対応できるんだぞっ)

 ――そんな意気込みで、サークル勧誘の大波のなかを泳いでいた僕は、ナニゴトもなく泳ぎ切ってしまったことに愕然としていた。


 そう、誰からも声をかけられなかったのである。

(なぜだ……なぜなんだ……。僕はそれほどまでに声をかけづらいオーラを発しているのか!? 大学入学を機に、サークルでも入って変わろうと思ったのに……)

 項垂れてわかりやすく落ちこんでいると、不意に後ろから肩を叩かれた。


 念願の感触に高鳴る胸をおさえ、「はいっ!?」と声をひっくり返しながら振り返る――と。

(な、仲間だっ。絶対この人仲間だよ!!)

………………

 そこに立っていた女性は、やけに整った顔立ちをしていはいたが、いかんせん発しているオーラがものすごく暗かった。


 無造作に伸ばされた黒髪に、目の下のクマが妙にマッチしている。色白だから、よけいに目立つのだ。


 しかも、自分から肩を叩いてきたくせに、真顔で僕を見つめるだけでなにも言い出さない。


 身長が同じくらいだから、より距離が近くて、僕はいたたまれなくなった。

な、な、なにか用ですかっ?

 視線を外しながらなんとか問いかけると、やっと一言。

――あなた、素質があるわ
え?

 意外な言葉が出て、思わずもう一度彼女の顔を見やったが、その表情に変化はなかった。

そ、素質って……
誰からも勧誘されずに、ガッカリしていた。だからといって、自分から声をかけることはできない。つまりあなたは根暗で引っ込み思案で口下手。
ううっ

 全部図星だった。


 彼女はさらに、早口で続ける。

でもそういう人って、口に出さないだけで、頭のなかでは普通の人以上にいろいろ考えている。その思考能力が欲しいの。私と一緒に来て。
は……?

 言いながら差し出されたのは、一枚の紙。


 受け取って目を落とすと、『パラ研メンバー募集中』とだけ書いてあった。実にやる気のないチラシだ。

(パラ研? パラパラ研究会? パラダイス研究会? パラグラム研究会? ……いや、もしかしてパラノイア研究会!?)

 いろんな『パラなんちゃら』が思い浮かんだが、とにもかくにもこの女性はヤバそうだ。


 僕の直感が告げていた。

す、すみません、僕はちょっと……
そう言うと思って、ひとつ賭けを用意しておいたの。
は?

 うまく断る言葉さえ思いつけない僕に、彼女は畳みかけてくる。

私がこれから、あなたが今考えていることを当てるわ。成功したら入ってちょうだい。
え……

(僕が考えていることを、当てる? そんなの、テレパシストでもない限り無理だ……つまりこの『パラなんちゃら』はそれ関係!?)

 内心ものすごく動揺していたが、それがあまり顔に出ないのが根暗のいいところ(?)である。


 僕は気づかれないよう深呼吸をしてから、応えた。

……わかりました。

 その返事にも、彼女はニコリともしない。


 やはり同類なのだろう。


 少しもったいぶってから、口を開いた。

あなたは今、なんか怪しいからパラ研に入りたくない――そう思っている。
ハッ……!?
(思いっきり当たったぁぁぁああ!!)

 表情には出さないよう努めていたつもりだったが、バッチリ読み取られていたようだ。


 しかし、まだだ。まだ負けが決まったわけではない。


 なぜなら、僕がそれを肯定しなければいいだけ――

(ん? ちょっと待てよ? 「入りたくない」を肯定するには、「入りたい」って言わなきゃ駄目じゃないか……?)

 そこまで考えて、ようやくカラクリに気づいた。


 これは罠だったのだ。

ず、ずるいですよっ。これじゃあ絶対に入らないといけない流れに……
そっか、あなたの判断はそうなのね。じゃあ、ハイ。

 すかさず差し出された入部希望の紙に、おとなしく手を伸ばすことができない。


 そんな僕をやはり見透かしているのか、彼女は一歩近づいて告げる。

受け取るまで、追いかけるわよ。早く名前書いて。
(怖いっ、マジで怖いんですけど!?)

 怯えながらも仕方なく受け取った僕は、震える手で名前を書くと、彼女に返した。


 彼女はその紙を一瞥してから、再び僕のほうを見る。

乾幹太(いぬい・かんた)ね。まぎらわしいから、幹太って呼ぶわよ。

(いきなり名前呼び!? しかも「まぎらわしい」ってなんだよ……っ)

 言いたいことはいろいろあったが、彼女が発する威圧感にはとても勝てず、頷くしかなかった。


 根暗の哀しい性質である。

は、はい……
じゃあ部室に案内するからついてきて。他のメンバーも紹介するわ。

 先に歩き出した彼女の後ろを、とぼとぼとついていく。


 再びサークル勧誘の大波のなかを泳ぐ羽目になったが、不思議と最初のときよりは気持ちが楽だった。

(い、一応勧誘してもらえたのは確かだし、他にもメンバーがいるみたいだから、結果オーライか……?)

 自分をそう納得させようとしていた。


 僕を、またも彼女は裏切っていく。

――人質をもらったから言うけど。

 歩きながら振り返ると、僕の名前が書かれた入部届をヒラヒラさせて、続けた。

さっきの話、ちゃんと断る余地もあったのよ。
えっ!? そ、それってどういう……

 訊ねてみても、彼女はそれ以上応えない。


 そうしているあいだに、部室と思われる場所に着いてしまった。


 サークル棟の一階、いちばん奥。


 なんの変哲もないドアを、彼女はノックもなしに開ける。

連れてきたわよ、新入部員。
え、マジで? すごいじゃんレン子。
一体どういう屁理屈で騙したんスか!?

 彼女――どうやらレン子というらしい――の言葉に、返ってきた声はふたつだ。


 狭い部屋のなかを覗いてみると、メンバーはそのふたりしかいないようだった。


 あまり大所帯ではないことに、ホッとしてしまう僕。

(そうだよな……この人も僕と同類なんだから、こうなるよな……)

 なんて安心する一方で、実は意外さも感じていた。


 なぜなら、部員らしきふたりの見た目が、あまりにも同類からかけ離れていたからだ。

なにしてるの、早く入ってきて、幹太。
あ、は、はい。
お、いきなり名前呼びとは、さっそく仲よくなったのか?
飼い主は黙ってて。
ズルいっス! あたしも下の名前で呼んで欲しいっス!
あなたの本名、知らないし。

 こんなちょっとの会話のなかでも、ツッコミどころがありすぎる。


 僕はもうどうしたらいいかわからなくて、彼女に誘導されるまま用意されたパイプ椅子に座った。


 それを見届けた彼女は、長机のお誕生日席に着き、棒読みでみんなを促す。

はい、じゃあ自己紹介しよう。
お、部長っぽい。

 横から茶化したのは、いかにも社交的に見える男子だ。少なくとも、僕と話が合いそうにはなかった。


 だが意外にも彼女は違うようで、文句を口にしつつも会話は続く。

もっと部長らしくしろって言ったのは、あんたでしょ。
それで新入部員も探してきたのか? 珍しくやる気だな。
だって、あんたたちじゃ議論にならないし。
そりゃごもっともで。

 そこで僕の視線に気づいたのか、彼は肩を竦めると立ちあがった。

じゃあ俺からな。俺は石橋仁(いしばし・じん)。三年だ。レン子とはガキの頃からの腐れ縁で、今じゃ『飼い主』なんて呼ばれてる。彼氏とかじゃねーから、間違っても誤解すんなよ!
はい次。

 僕がどんな反応を示す隙もなく、彼女は容赦なく促す。


 それに反応して立ちあがった女の子は、やっぱり彼女とはまったく違う人種のように見えた。

(えっと……どう見てもギャルなんですけど……しかもガングロ……)

あたしはギャル子っス~。二年生で、レンちゃんのファンやってます★

 テンションが違いすぎて、ついていけない。


 しかしやっぱり彼女は慣れているようで、ナニゴトもなかったかのように「最後は私ね」と立ちあがった。

パラドックス研究会、部長の犬飼レン子(いぬかい・れんこ)。七年生。ちなみに、レン子の『レ』は『レ点』の『レ』よ。

 そう言って彼女が初めて見せた、真顔以外の表情は、ドヤ顔だった。


(続く)




Q.レン子が言った「入部を断る余地」とはなんだったのか?

  ぜひ考えてみてください。

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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