22.期待値に期待してはいけない:後編
文字数 2,172文字
軽く忘れていた。
なんて怖くて言えなかった。
そう考えて、再びメモ帳に書き出してみる。
ちなみに、最初に使ったペンはまだ戻ってきていないので、新しいペンを取り出した。
20,000円(封筒の中身)×1/2(封筒の確率)=10,000円
5,000円(封筒の中身)×1/2(封筒の確率)= 2,500円
合計 12,500円
僕がそう口にしたときだった。
石橋先輩が、突然手をあげたのだ。
やはりというかなんというか、石橋先輩が二万円入りを持っているのは確かなようだ。
仕方ない、一応計算してみよう。
40,000円(封筒の中身)×1/2(封筒の確率)=20,000円
10,000円(封筒の中身)×1/2(封筒の確率)= 5,000円
合計 25,000円
ふたりは嬉々として、互いに手にした封筒を差し出した。
どちらも期待値を信じて。
そのとき僕は、強い違和感を覚えたのだ。
確かに、計算上はどちらも期待値が手持ちを上まわる。
しかし、ふたりが交換する相手はお互いなのだ。
第三者と交換するわけではない。
つまり、どちらかが必ず損をすることになるのではないか……?
僕がその考えに至ったときだった。
悲鳴と歓喜の声が、同時に聞こえた。
封筒からはみ出したお札を見やると、石橋先輩は一万円、ギャル子は二万円のようだ。
今にも泣き出しそうな石橋先輩と、すっかり浮かれているギャル子があまりに対照的で……面白い。
理解した僕の言葉に、レン子先輩は頷いて応えた。
それを聞いた石橋先輩が、再び吠える。
それをギャル子が宥めても、完全に逆効果だ。
狭い部室のなかで、バタバタと走りまわるふたり。
それを見かねたのか、レン子先輩は口にした。
ふたりの声が再び揃ったのは、言うまでもない。
どんなに頑張って計算しても、それはあくまで目安でしかないのだ。
過信するのも考えものだろう。
石橋先輩が切れ気味なのは、やはり負けたこと自体が悔しいからか。……たんに一万円さえ取りあげられたからかもしれないが。
レン子先輩は怯まず、腰に手を当てる。
言っていることはめちゃくちゃだが、言いたいことはわかる。
期待すればするほど、それが叶わなかったときの落胆は大きくなるのだ。
それならば、最初から期待せずにいたほうがいい。
同じ後ろ向き人間だからこそ、僕は共感できた。
そう告げるレン子先輩の瞳に、迷いは少しも見られなかった。
ずっと思いつづけていた言葉なのかもしれない。
なんとなく訊ねた僕に、やっぱりいつもと変わらない表情で。
(続く)