12.確率に過去を変える力はない:後編
文字数 2,567文字
つまり、結果はすでに決まってるんです。それなのに、あとから確率が変動するって、なんか変じゃないですか?
僕の言葉に、石橋先輩とギャル子は「?」を飛ばしまくっていたが、レン子先輩はやはり違っていた。
この『三囚人のジレンマ』は、そういう勘違いのパラドックスなの。自分が感じる確率と、実際の確実が異なる矛盾。
僕がさっき言った確率は、事実間違いだということになる。
さっき幹太は、惜しいところまで行ったわよ。実際に確率が変動する例を考えてみれば、よりわかりやすいと思うわ。
不安げな声をあげたギャル子に、レン子先輩は軽く頷いて。
僕らはレン子先輩の指示に従い、壁際に並んで立った。
この状態で、誰を助けるかクジで決めるとする。助かる確率は?
三人のうちひとりが助かるんだから、三分の一ですよね。
そうね。じゃあ次、すでに処刑が決まったギャル子はこっちに来て。
ギャル子は不満そうな表情を浮かべながらも、レン子先輩の後ろにまわる。
この状態で、誰を助けるかクジで決めるとする。助かる確率は?
これは俺でもわかるぞ! どっちかなんだから、二分の一だろ?
そうね。――でも、実際はこのクジ引き自体が存在しないのよ。
そこでやっと、僕は違和感の正体に気づいた。
レン子先輩の言うとおり、改めてクジ引きがなされるわけではないのに、なぜかそういう考えかたをしていたのだ。
そうか、クジ引きはもう終わってるんだから、ここでの確率なんて無意味なのか……
さっきは、わかりやすさを優先してありえない順番で動いてもらったけれど、今度はそのまま行くわね。
そうしてレン子先輩は、クジを引くような仕草をした。
さらに、存在しない紙を広げて、目を落とす。
実際にはクジなど引いていないのに、選んでもらえてちょっとだけ誇らしかった。
じゃあ、バシ先輩とあたしはまた、レンちゃんの後ろっスね!
仲間が増えて嬉しいのか、ギャル子は石橋先輩を引っ張って移動しようとする。
それを、レン子先輩がとめた。
俺はなんとなくわかったぞっ。さっきは、クジ引きの前に処刑が確定しているギャル子が抜けたけど、実際はクジ引きとギャル子の処刑決定は同時なんだよな?
フン、視覚でわかりやすく説明してもらえれば、俺だってこれくらいは、な。
得意げに胸を張る石橋先輩が、申しわけないけど少しかわいく見えてしまった。
今飼い主が言ったように、すべての決定は同時に行われた、すでに過去のことなの。
具体的に言うと、生き残るのが幹太で、飼い主とギャル子は処刑される、という決定よ。
やけに残念そうなギャル子が、だんだんかわいそうになってくる。
話を戻すと、三分の一の確率で、幹太は生き残ることがもう決定している。その状態で、『処刑されるひとりはギャル子だ』という情報を得たとしても、確率は変動しない。過去は覆らない。
そうですね。僕はただ、結果を確認しただけにすぎない……
それなのに、なぜか生き残る確率が増えたと勘違いして、ぬか喜びしてしまった。
誰が処刑されるのか――すでに決定された事項については、そんな確認に意味なんかないのに。
うーん……理屈はわかったが、でもやっぱりなんか納得いかねぇのはなんでだ!?
まあでも、だからパラドックスなんですもんね、この話は。
嘆くギャル子に、レン子先輩は財布から取り出した十円玉を見せた。
もっとわかりやすい話をしてあげましょう。これは、『ギャンブラーの誤謬』という有名な勘違いのパラドックスよ。
そう。私がこの十円玉を五回投げて、五回とも表が出たとする。じゃあ、次に投げたとき表が出る確率は?
うーん……五回連続で表が出ただけで、もうすでに相当低い確率だよな?
そうっスよね……とにかく低い確率であることだけは、確かな気がするっス。
ふたりはもう完全に、レン子先輩の罠にハマっていた。
僕がそのカラクリにすぐ気づけたのは、さっきレン子先輩が口にした「過去は覆らない」という言葉が印象的だったからだ。
それはつまり、『先にもう決定してしまっている確率を覆すことはできない』ということである。
この十円玉の場合は、すでに決定してしまっている確率=十円玉の表が出る確率、と言えるだろう。
十円玉の表が出る確率は、今までの結果がどうであれ、常に二分の一……ですよね? 十円玉には、表と裏しかないんだから。
すっかり騙されていたふたりは声をあげるが、当然レン子先輩は取りあわない。
私が聞いたのは、『六回連続で表が出る確率』ではなく、『次に表が出る確率』よ。似ているようでかなりの違いがあるわ。でもみんなそれに騙されて、正しい判断を見失う。
耳の痛い話だった。
僕だって、事前に『三囚人のジレンマ』の話を聞いていなければ、騙されていただろう。
過去に決定された確率を覆す力は、未来にない。同時に、過去に弾き出された確率が、未来に影響することもない。そんな事実にパラドックスを感じてしまうのは、私たちの時間は過去から未来へずっと続いているから――なのかもしれないわね。
そう告げるレン子先輩の表情は、どこか淋しそうで。
気の利かない僕は、なにも応えられなかった。
(続く)
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