12.確率に過去を変える力はない:後編

文字数 2,567文字

つまり、結果はすでに決まってるんです。それなのに、あとから確率が変動するって、なんか変じゃないですか?

 僕の言葉に、石橋先輩とギャル子は「?」を飛ばしまくっていたが、レン子先輩はやはり違っていた。

よく気づいたわね。
え?
この『三囚人のジレンマ』は、そういう勘違いのパラドックスなの。自分が感じる確率と、実際の確実が異なる矛盾。
じゃ、じゃあやっぱり……?

 僕がさっき言った確率は、事実間違いだということになる。

さっき幹太は、惜しいところまで行ったわよ。実際に確率が変動する例を考えてみれば、よりわかりやすいと思うわ。
そ、それはあたしたちにもわかるレベルっスか~?

 不安げな声をあげたギャル子に、レン子先輩は軽く頷いて。

手伝ってくれれば、わかるわよ。
手伝うっス!
じゃあ三人、立ってそこに並んで。
仕方ねーな……

 僕らはレン子先輩の指示に従い、壁際に並んで立った。

この状態で、誰を助けるかクジで決めるとする。助かる確率は?
三人のうちひとりが助かるんだから、三分の一ですよね。
そうね。じゃあ次、すでに処刑が決まったギャル子はこっちに来て。
うー……

 ギャル子は不満そうな表情を浮かべながらも、レン子先輩の後ろにまわる。

この状態で、誰を助けるかクジで決めるとする。助かる確率は?
これは俺でもわかるぞ! どっちかなんだから、二分の一だろ?
そうね。――でも、実際はこのクジ引き自体が存在しないのよ。
あっ!?

 そこでやっと、僕は違和感の正体に気づいた。


 レン子先輩の言うとおり、改めてクジ引きがなされるわけではないのに、なぜかそういう考えかたをしていたのだ。

そうか、クジ引きはもう終わってるんだから、ここでの確率なんて無意味なのか……
ハァ? なんでそうなる?
あたしもついていけないっス……
じゃあギャル子、また戻って。
処刑回避っスか!?
違うわ。
ぐぅ……

 再び並ぶ、囚人三人。

さっきは、わかりやすさを優先してありえない順番で動いてもらったけれど、今度はそのまま行くわね。

 そうしてレン子先輩は、クジを引くような仕草をした。


 さらに、存在しない紙を広げて、目を落とす。

ふむ……処刑を免れるのは、幹太ね。
あ、僕ですか?

 実際にはクジなど引いていないのに、選んでもらえてちょっとだけ誇らしかった。

じゃあ、バシ先輩とあたしはまた、レンちゃんの後ろっスね!

 仲間が増えて嬉しいのか、ギャル子は石橋先輩を引っ張って移動しようとする。


 それを、レン子先輩がとめた。

移動は必要ないわ。もう終わったから。
へ? どういうことっス?
俺はなんとなくわかったぞっ。さっきは、クジ引きの前に処刑が確定しているギャル子が抜けたけど、実際はクジ引きとギャル子の処刑決定は同時なんだよな?
正解。今日は冴えてるわね、飼い主。
フン、視覚でわかりやすく説明してもらえれば、俺だってこれくらいは、な。

 得意げに胸を張る石橋先輩が、申しわけないけど少しかわいく見えてしまった。

今飼い主が言ったように、すべての決定は同時に行われた、すでに過去のことなの。
すべての決定……っスか?
具体的に言うと、生き残るのが幹太で、飼い主とギャル子は処刑される、という決定よ。
そこは変わらないんスね……

 やけに残念そうなギャル子が、だんだんかわいそうになってくる。

よ、よかったら代わろうか?
話がややこしくなるから、やめて幹太。
ハイ……

 また気づかいが裏目に出てしまった。

話を戻すと、三分の一の確率で、幹太は生き残ることがもう決定している。その状態で、『処刑されるひとりはギャル子だ』という情報を得たとしても、確率は変動しない。過去は覆らない。
そうですね。僕はただ、結果を確認しただけにすぎない……

 それなのに、なぜか生き残る確率が増えたと勘違いして、ぬか喜びしてしまった。


 誰が処刑されるのか――すでに決定された事項については、そんな確認に意味なんかないのに。

うーん……理屈はわかったが、でもやっぱりなんか納得いかねぇのはなんでだ!?
前言撤回。やっぱり冴えてないわね、飼い主。
く……っ
まあでも、だからパラドックスなんですもんね、この話は。
そういうことよ。
うう、あたしはすっかり置いてけぼりっス~。
あら、じゃあ――

 嘆くギャル子に、レン子先輩は財布から取り出した十円玉を見せた。

もっとわかりやすい話をしてあげましょう。これは、『ギャンブラーの誤謬』という有名な勘違いのパラドックスよ。
ごびゅー? ってなんスか?
間違い……という意味ですよね。
そう。私がこの十円玉を五回投げて、五回とも表が出たとする。じゃあ、次に投げたとき表が出る確率は?

 途端に呻き出す、ギャル子と石橋先輩。

うーん……五回連続で表が出ただけで、もうすでに相当低い確率だよな?
そうっスよね……とにかく低い確率であることだけは、確かな気がするっス。

 ふたりはもう完全に、レン子先輩の罠にハマっていた。

ちなみに、幹太はわかる?
……わかります。

 僕がそのカラクリにすぐ気づけたのは、さっきレン子先輩が口にした「過去は覆らない」という言葉が印象的だったからだ。


 それはつまり、『先にもう決定してしまっている確率を覆すことはできない』ということである。


 この十円玉の場合は、すでに決定してしまっている確率=十円玉の表が出る確率、と言えるだろう。

十円玉の表が出る確率は、今までの結果がどうであれ、常に二分の一……ですよね? 十円玉には、表と裏しかないんだから。
正解。
ハァ!? なんだそれ。
ちょっとズルくないっスか~?

 すっかり騙されていたふたりは声をあげるが、当然レン子先輩は取りあわない。

私が聞いたのは、『六回連続で表が出る確率』ではなく、『次に表が出る確率』よ。似ているようでかなりの違いがあるわ。でもみんなそれに騙されて、正しい判断を見失う。

 耳の痛い話だった。


 僕だって、事前に『三囚人のジレンマ』の話を聞いていなければ、騙されていただろう。

過去に決定された確率を覆す力は、未来にない。同時に、過去に弾き出された確率が、未来に影響することもない。そんな事実にパラドックスを感じてしまうのは、私たちの時間は過去から未来へずっと続いているから――なのかもしれないわね。

 そう告げるレン子先輩の表情は、どこか淋しそうで。


 気の利かない僕は、なにも応えられなかった。


(続く)

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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