24.選択に潜む落とし穴:後編
文字数 2,311文字
――コツとしてはね、『私か飼い主』の二択で考えるのではなく、『あなたが選んだ人とあなたが選ばなかった人』の二択で考えてみたらいいわ。
石橋先輩的には鋭く突っこんだつもりだったのだろうが、レン子先輩は冷ややかな視線を向けた。
まだピンと来ていなかった僕は、言われたとおりにしてみる。
(まず、『レン子先輩か石橋先輩』の二択の場合は、数えるまでもなくふたりだ。次に、『僕が選んだ人と僕が選ばなかった人』の二択の場合は……あっ?)
さっきまでは、レン子先輩か石橋先輩かで考えていたから、確率は三分の一同士だった。
しかし、僕が選んだか選ばなかったかで考えると、僕が選んだほうの確率は三分の一だが、選ばなかったほうの確率は三分の二に増えることになる。
え……ということは、僕が選ばないほうが当たりである確率が常に高い!?
なんとも不思議な結論ではあるが、そういうことになってしまうのだ。
またも詳しい説明を求めてきたギャル子に、噛み砕いて答えてやる。
つまりですね、僕が誰を選んだとしても、僕が選んだ人が悪魔である確率は三分の一で、僕が選ばなかった人が悪魔である確率は三分の二になるんですよ。だから、一度決めた予想は変えたほうが、当たる確率は高いという結論になります。
なんでだよ。その三分の二のうち、ギャル子は違うってはっきりしてるんだろ? だったらやっぱり三分の一になるはずじゃないか?
そこにさらなるツッコミを入れたのは、石橋先輩だ。
こっちはこっちで、次に悪魔指名されることを悟り、機嫌が悪いのかもしれない。
本当にこのふたりは……。
えーと、『三囚人のジレンマ』でやったことを、思い出してください。
笑ってごまかしたところを見るに、ほとんど憶えていないのだろう。
僕はわざとらしい咳払いをひとつしてから、もう一度説明する。
あのときの結論は、『過去に決定している確率は、その後どんな事実が明らかになっても変わらない』というものでした。具体的に言うと、三人のうちふたりはすでに処刑されることが決定していて、そのうちのひとりが誰か判明したとしても、残りのふたりのうちどちらかが処刑される確率は変動しない――そういう話だったんです。
目を合わせないところが怪しかったが、いちいち突っこんでも仕方ないので、先に進める。
その結論を応用して、僕はさっき、『ギャル子は悪魔ではないと判明したとしても、各人が悪魔である確率が三分の一であることは変わらない』と結論づけました。それにはふたりも同意しましたよねっ?
ギャル子は胸を張ったが、ついさっきのことなんだからあたりまえだ。
でも本当は、その考えかたじゃ足りなかった。レン子先輩が言ったとおり、僕が選んだか選ばなかったかで考えると、選ばなかったほうの確率は常に三分の二。そのうちのひとりが悪魔でないと判明したとしても、それは変わらない。なぜなら、誰が悪魔であるかはすでに決定している事項だから。
ってことは~、バシ先輩が三分の二の確率で悪魔、でFAなんスね?
そう……僕が選ばなかったほうの確率が常に高い。だから僕は、石橋先輩に予想を変えます!
以前レン子先輩が見せてくれたようなドヤ顔を、自分でもやってみた。
うまくできたかはよくわからないが、レン子先輩の雰囲気が少しやわらいだような気がした。
ただ、バシ先輩が言うこともわかるっス。自分が選んだほうが絶対確率が低くなるなんて、なーんか嫌っスもん。
ひとつしか選ぶ権利がないと、必然的にそうなってしまうのよ。
あ、そうか。三つのうち自分がふたつを選べるのなら、そっちのほうが明らかに当たる確率高いですね。
言われて腑に落ちた。
そう考えれば、ひとつかふたつなら、ふたつのほうがより当たりやすいという感覚がよくわかる。
ただ発想を逆にしてみればよかったのだ。
それこそ、『三囚人のジレンマ』でやったときのように。
これはね、『モンティ・ホール・ジレンマ』という、とても有名なパラドックスをアレンジしたものなの。
モンティ・ホール? それで穴に落ちるなんて話が出てきたんですか?
それはそれで衝撃的だったが、口にすると怒られそうなのでやめておいた。
例によって、乾いた笑いでごまかす僕。
だが別に、外れて悔しいとか、そういう気持ちはなかった。
きっとレン子先輩は、教えたかったのだ。
確かに、一度決めた選択は変更するほうが、正解の確率が高いのかもしれない。
しかし逆に言えば、変えたところで三回に一回は外れることになる。
期待値と同じで、過剰な期待をかけるべきではないのだと。
(続く)
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