24.選択に潜む落とし穴:後編

文字数 2,311文字

――コツとしてはね、『私か飼い主』の二択で考えるのではなく、『あなたが選んだ人とあなたが選ばなかった人』の二択で考えてみたらいいわ。
それってなんか違いがあるのかよ?

 石橋先輩的には鋭く突っこんだつもりだったのだろうが、レン子先輩は冷ややかな視線を向けた。

全然違うわよ。登場人物を数えてみなさいよ。
と、登場人物?

 まだピンと来ていなかった僕は、言われたとおりにしてみる。

(まず、『レン子先輩か石橋先輩』の二択の場合は、数えるまでもなくふたりだ。次に、『僕が選んだ人と僕が選ばなかった人』の二択の場合は……あっ?)

そうか、ギャル子も含まれるから、三人になる?
そうよ。すると確率はどうなる?
ちょ、ちょっと待ってくださいね。

 さっきまでは、レン子先輩か石橋先輩かで考えていたから、確率は三分の一同士だった。


 しかし、僕が選んだか選ばなかったかで考えると、僕が選んだほうの確率は三分の一だが、選ばなかったほうの確率は三分の二に増えることになる。

え……ということは、僕が選ばないほうが当たりである確率が常に高い!?

 なんとも不思議な結論ではあるが、そういうことになってしまうのだ。

えー? なんでっスか?

 またも詳しい説明を求めてきたギャル子に、噛み砕いて答えてやる。

つまりですね、僕が誰を選んだとしても、僕が選んだ人が悪魔である確率は三分の一で、僕が選ばなかった人が悪魔である確率は三分の二になるんですよ。だから、一度決めた予想は変えたほうが、当たる確率は高いという結論になります。
なんでだよ。その三分の二のうち、ギャル子は違うってはっきりしてるんだろ? だったらやっぱり三分の一になるはずじゃないか?

 そこにさらなるツッコミを入れたのは、石橋先輩だ。


 こっちはこっちで、次に悪魔指名されることを悟り、機嫌が悪いのかもしれない。


 本当にこのふたりは……。

えーと、『三囚人のジレンマ』でやったことを、思い出してください。
へ? あー……うーん……なんだっけ?

 見事に忘れているらしい。

あらぬ罪を着せられたのに、忘れちゃったっスか!?
じゃあおまえは憶えてるのかよ。
……はははっス。

 笑ってごまかしたところを見るに、ほとんど憶えていないのだろう。


 僕はわざとらしい咳払いをひとつしてから、もう一度説明する。

あのときの結論は、『過去に決定している確率は、その後どんな事実が明らかになっても変わらない』というものでした。具体的に言うと、三人のうちふたりはすでに処刑されることが決定していて、そのうちのひとりが誰か判明したとしても、残りのふたりのうちどちらかが処刑される確率は変動しない――そういう話だったんです。
あ、微かに思い出してきた。
っス!
(本当かなぁ……)

 目を合わせないところが怪しかったが、いちいち突っこんでも仕方ないので、先に進める。

その結論を応用して、僕はさっき、『ギャル子は悪魔ではないと判明したとしても、各人が悪魔である確率が三分の一であることは変わらない』と結論づけました。それにはふたりも同意しましたよねっ?
おう、そうだったな。
それはさすがに憶えてるっス!

 ギャル子は胸を張ったが、ついさっきのことなんだからあたりまえだ。

でも本当は、その考えかたじゃ足りなかった。レン子先輩が言ったとおり、僕が選んだか選ばなかったかで考えると、選ばなかったほうの確率は常に三分の二。そのうちのひとりが悪魔でないと判明したとしても、それは変わらない。なぜなら、誰が悪魔であるかはすでに決定している事項だから。
ああ、そういうことか!
ってことは~、バシ先輩が三分の二の確率で悪魔、でFAなんスね?
そう……僕が選ばなかったほうの確率が常に高い。だから僕は、石橋先輩に予想を変えます!

 以前レン子先輩が見せてくれたようなドヤ顔を、自分でもやってみた。


 うまくできたかはよくわからないが、レン子先輩の雰囲気が少しやわらいだような気がした。

正解。

 待ち望んでいたその言葉が、やっと耳に届く。

でもよー、そんなん選び損じゃないか。
バカね。だから変更権が与えられているでしょ。
あ、そうか。
ただ、バシ先輩が言うこともわかるっス。自分が選んだほうが絶対確率が低くなるなんて、なーんか嫌っスもん。
ひとつしか選ぶ権利がないと、必然的にそうなってしまうのよ。
あ、そうか。三つのうち自分がふたつを選べるのなら、そっちのほうが明らかに当たる確率高いですね。

 言われて腑に落ちた。


 そう考えれば、ひとつかふたつなら、ふたつのほうがより当たりやすいという感覚がよくわかる。


 ただ発想を逆にしてみればよかったのだ。


 それこそ、『三囚人のジレンマ』でやったときのように。

これはね、『モンティ・ホール・ジレンマ』という、とても有名なパラドックスをアレンジしたものなの。
モンティ・ホール? それでに落ちるなんて話が出てきたんですか?
そうね、駄洒落よ。実際はこれ、人名なのだけど。
(レン子先輩でも駄洒落なんて言うのか……)

 それはそれで衝撃的だったが、口にすると怒られそうなのでやめておいた。

ちなみに、本当の悪魔は私ね。だから幹太はハズレ。
いや待て、レン子、それ今決めただろ!?
そうよ。だって当たったら癪じゃない。
さっすがレンちゃんっス!
は、はは……

 例によって、乾いた笑いでごまかす僕。


 だが別に、外れて悔しいとか、そういう気持ちはなかった。


 きっとレン子先輩は、教えたかったのだ。


 確かに、一度決めた選択は変更するほうが、正解の確率が高いのかもしれない。


 しかし逆に言えば、変えたところで三回に一回は外れることになる。


 期待値と同じで、過剰な期待をかけるべきではないのだと。


(続く)

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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