16.あなたが決めればいい:後編

文字数 2,775文字

学生たちから訊いてきて。何粒以上から砂山だと思うか。それをまとめて会誌にするから。

 レン子先輩がくだしたその司令は、僕にとってはかなりきついものだった。


 なにしろ、サークル勧誘のときだって、声をかけられるのをただひたすら待っていた僕なのだ。


 自分から誰かに声をかけるなんて、恐ろしくてできない。


 そもそも、普段石橋先輩やギャル子みたいな人と会話できているのだって、実は同じ空間に同類であるレン子先輩がいるからというのがかなり大きかった。


 そう、レン子先輩とふたりきりにされるのも困るが、石橋先輩&ギャル子のコンビと三人きりにされるのも、それはそれで困るのである。


 部室にいるとき、案外自然体でいられているのは、レン子先輩があれこれ問題を出してくれるおかげで、思考がそっちに持っていかれるから……というのも大きいのかもしれない。


 僕がひとり絶望的な空気に包まれていると、石橋先輩とギャル子が近寄ってきた。

幹太くん、作戦会議っスよ!
面倒だが仕方ない。やらないとレン子が納得しないからな。
は、はぁ……
どうしたっスか? めちゃくちゃ顔色悪いっスけど。

 ギャル子に顔を覗きこまれて、僕は思わず背けた。

あ、あ、あのっ、僕、人に声かけるのとか苦手で……
あー、レン子が連れてきたやつなんだから、そりゃそうだよな。

 どうやら石橋先輩には察しがついていたらしい。

まあさ、なにもリアルだけで頑張る必要はないんだし、おまえはSNSでアンケートとれば?
あ、それいいっすね!
えすえぬえす……
アカウントひとつくらい持ってないのかよ。
つ、呟きはできますよっ。フォロワーいないけど……

 完全に、見る専門で使っていた。

じゃあてきとーに呟いとけ。俺がそれを拡散すっから。
ギャル子はギャル仲間集めて大学内でアンケートとるっス~。レンちゃんのお願いだから頑張っちゃうっスよー!

 ギャル子は一足早く部室から飛び出していく。

ハッシュタグは『#AE大パラ研』な。あとでそれで検索するから。あとは、集計全般を頼む。俺らはそういうの苦手だから。
わ、わかりました。

 仕切るだけ仕切って、石橋先輩も出て行った。


 僕は自分のスマートフォンを取り出すと、呟きアプリを立ちあげる。

(確か、アンケートをつくれるんだよな。一回も呟いたことないから、やりかたから探さないと……)

 あれこれ検索して、ようやく完成させると、緊張しながら呟きボタンを押した。


 これであとは石橋先輩がうまくやってくれるだろう……多分。


     ◆   ◆   ◆

……だ、ダメだこれ……

 呟きアプリで集まってくるデータ、そして石橋先輩とギャル子が集めてきたデータを集計していた僕は、今までになく頭を抱えていた。

(アンケートの結果、出てきた数値が広すぎる……!)

 なんと千粒から百万粒まであった。


 平均をとるのはそりゃ可能だけど、果たしてそれで答えと言えるのか……。


 思考がちょっとレン子先輩化してきたと我ながら思うが、結果を素直に受け入れることができなかったのだ。

どうしたの? 幹太。

 僕が頭を掻きむしっていたからか、科学雑誌を読んでいたレン子先輩が顔をあげる。

砂山の粒数の定義が、人によってばらつきがありすぎて……
まあそうだろうとは思ったけどね。
えっ

 だったらなぜ、こんなことを頼んだんだ?


 という視線を向けたら、レン子先輩は例によってしれっと答えた。

予想していただけで、確定ではなかったから、確定させたかったのよ。
な、なるほど……

 そう言われては、なにも言えない。


 レン子先輩は僕のほうに近づいてくると、広げていたアンケート用紙を手に取った。

『粒数は関係なく、形で決まるんじゃないか?』という意見もあるわね。幹太はどう思う?
え? えーと……確かに、何粒あっても砂浜みたいに広がっていたら、砂山とは言わないですよね。
でも、たんに山の形だけでいいなら、極端な話四粒で済んでしまうわよ。
よ、よんつぶ?

 どうしてと僕が訊ねる前に、レン子先輩が図を描いて説明してくれる。

砂の粒は丸いから、ふた粒では土台にならない。三粒を三角形に並べれば、その上にひと粒を安定して置けるでしょ。
それ、顕微鏡あたりがないと見えないやつじゃ……
でも山の形には違いないわ。そこに疑問を持つと、今度は『山の形とはどういうものか』という定義を掘りさげる必要が出てくる。
た、確かに……

 なにかにつけて定義が問題になるパラドックスなのだ。


 合理的に解決する道なんてあるのか?


 そう疑いたくもなる。


 そこに、最後のアンケート用紙を持った石橋先輩とギャル子が戻ってきた。

ただいまー。とりあえず、これで最後な。
もう散々だったっスよ。真顔で『なんでそんなアホなこと訊くの?』とか言われたっス!
お、お疲れさま……

(行かなくてよかった!)

 心からそう思ってしまった僕を見透かしたのか、レン子先輩が鋭い視線を向けてくる。

このままじゃ、幹太はまったく活躍していないことになるけど……
うっ

 そう言われるときつい。

か、会誌の製本作業を頑張るので……
甘いわね。

 レン子先輩はアンケート用紙のなかから一枚取りあげると、僕の前に差し出した。

ちゃんと唯一無二の回答を書いてくれている人もいたのに、見逃すなんて。
へっ?

 慌てて受け取り目を通すと、こんなことが書かれていた。


『砂何粒から砂山か? そんなの、おまえが砂山と思ったものが砂山なんだ! 他人の意見なんてどうでもいい。こういう言葉あるだろ? おまえがラノベと思ったものがラノベだ』

…………

 至極もっともな意見である。

つ、つまり……『砂山からひと粒の砂を取り除いても、(あなたにとって)砂山(に見える限り)は砂山』ということでいいですか……?
よくできました。
なんだよそれー! 俺たち完全に無駄足じゃないかっ
どういうものを砂山と呼ぶかは、結局人それぞれってことっスね。

 そう、どんなに細かい定義をしたところで、埋められない認識の違いがある。


 もし今、数値の平均をとって一万粒以上が砂山だと仮定したとしよう。


 じゃあ九千九百九十九粒の山の形をした砂は、砂山とは呼べないのか? と問われたら、多くの人が「いや、それも砂山だろ」と言うのだと思う。


 結局は、ひとりひとりの感覚に頼るしかないのだ。


 自分の感覚を信じるしか……?

たとえば、少食の人が言う『大盛り』は、大食の人から見たら『少盛り』かもしれない。日々の生活においても、自分と他人の使っている物差しが実は違うことを、意識しておくのは大事なことだと思うわ。
ああ、そうか……

 レン子先輩の言葉に、再び気づかされる。


 自分の感覚だけでなく、他人の感覚を許容することもまた、必要なこと――。


 まさかパラドックスの話で人生を学べるなんて思わなかった。


 会誌の締めの言葉に使わせてもらおうと、僕は勝手に考えていた。


(続く)

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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