16.あなたが決めればいい:後編
文字数 2,775文字
レン子先輩がくだしたその司令は、僕にとってはかなりきついものだった。
なにしろ、サークル勧誘のときだって、声をかけられるのをただひたすら待っていた僕なのだ。
自分から誰かに声をかけるなんて、恐ろしくてできない。
そもそも、普段石橋先輩やギャル子みたいな人と会話できているのだって、実は同じ空間に同類であるレン子先輩がいるからというのがかなり大きかった。
そう、レン子先輩とふたりきりにされるのも困るが、石橋先輩&ギャル子のコンビと三人きりにされるのも、それはそれで困るのである。
部室にいるとき、案外自然体でいられているのは、レン子先輩があれこれ問題を出してくれるおかげで、思考がそっちに持っていかれるから……というのも大きいのかもしれない。
僕がひとり絶望的な空気に包まれていると、石橋先輩とギャル子が近寄ってきた。
ギャル子に顔を覗きこまれて、僕は思わず背けた。
どうやら石橋先輩には察しがついていたらしい。
完全に、見る専門で使っていた。
ギャル子は一足早く部室から飛び出していく。
仕切るだけ仕切って、石橋先輩も出て行った。
僕は自分のスマートフォンを取り出すと、呟きアプリを立ちあげる。
あれこれ検索して、ようやく完成させると、緊張しながら呟きボタンを押した。
これであとは石橋先輩がうまくやってくれるだろう……多分。
◆ ◆ ◆
呟きアプリで集まってくるデータ、そして石橋先輩とギャル子が集めてきたデータを集計していた僕は、今までになく頭を抱えていた。
なんと千粒から百万粒まであった。
平均をとるのはそりゃ可能だけど、果たしてそれで答えと言えるのか……。
思考がちょっとレン子先輩化してきたと我ながら思うが、結果を素直に受け入れることができなかったのだ。
僕が頭を掻きむしっていたからか、科学雑誌を読んでいたレン子先輩が顔をあげる。
だったらなぜ、こんなことを頼んだんだ?
という視線を向けたら、レン子先輩は例によってしれっと答えた。
そう言われては、なにも言えない。
レン子先輩は僕のほうに近づいてくると、広げていたアンケート用紙を手に取った。
どうしてと僕が訊ねる前に、レン子先輩が図を描いて説明してくれる。
なにかにつけて定義が問題になるパラドックスなのだ。
合理的に解決する道なんてあるのか?
そう疑いたくもなる。
そこに、最後のアンケート用紙を持った石橋先輩とギャル子が戻ってきた。
心からそう思ってしまった僕を見透かしたのか、レン子先輩が鋭い視線を向けてくる。
そう言われるときつい。
レン子先輩はアンケート用紙のなかから一枚取りあげると、僕の前に差し出した。
慌てて受け取り目を通すと、こんなことが書かれていた。
『砂何粒から砂山か? そんなの、おまえが砂山と思ったものが砂山なんだ! 他人の意見なんてどうでもいい。こういう言葉あるだろ? おまえがラノベと思ったものがラノベだ』
至極もっともな意見である。
そう、どんなに細かい定義をしたところで、埋められない認識の違いがある。
もし今、数値の平均をとって一万粒以上が砂山だと仮定したとしよう。
じゃあ九千九百九十九粒の山の形をした砂は、砂山とは呼べないのか? と問われたら、多くの人が「いや、それも砂山だろ」と言うのだと思う。
結局は、ひとりひとりの感覚に頼るしかないのだ。
自分の感覚を信じるしか……?
レン子先輩の言葉に、再び気づかされる。
自分の感覚だけでなく、他人の感覚を許容することもまた、必要なこと――。
まさかパラドックスの話で人生を学べるなんて思わなかった。
会誌の締めの言葉に使わせてもらおうと、僕は勝手に考えていた。
(続く)