14.行き着く先はひとつ:後編
文字数 2,975文字
それを『総当たり決戦方式』と言うのだけど、確かにそれならすべての相手と比べられるのだから、かなり正確な一位を出すことができるでしょうね。ただ、このやりかたには致命的な問題点があるの。なんだかわかる?
僕、石橋先輩、ギャル子は自然と顔を見あわせた。
が、誰も口を開かない。
そんな僕らを見かねたのか、レン子先輩はすぐにヒントを出してくれた。
またスポーツのたとえになるけれど、プロ野球やJリーグって、大抵一年がかりで全試合をするでしょう? それってどうしてだと思う? 高校野球や高校サッカーは、そんなにかからないわよね。
その答えを、石橋先輩は深く考えず口にしたのだろう。
当たったことに誰よりも驚いていたのは、間違いなく石橋先輩だった。
その単純なことが、なによりも問題なの。さっきのミスコンの例でいくと、単記投票方式なら投票は一回で済む。勝ち抜き方式なら、二回ね。
すかさず質問を投げかけたギャル子に、今度は僕が答える。
レン子先輩の説明を、早く聞きたかったからだ。
立候補者がABCの三人だったから、たとえば最初にAとBでどちらがミスに相応しいか投票してもらったら、次はその勝者とCで投票してもらうことになる。組み合わせがどう変わっても、投票回数は二回なんです。
それからレン子先輩に視線を送ったら、ちゃんと通じたようだった。
じゃあ総当たり決戦方式はというと、A対B、A対C、B対Cと三回になるわ。ちなみにこの回数は、立候補者が増えるほど差も大きくなっていく仕組みよ。
(たとえば立候補者が四人なら、勝ち抜き方式で三回、総当たり決戦方式で六回。五人なら、勝ち抜き方式で四回、総当たり決戦方式で十回……ほんとだ!)
うへぇ、そんなに何回も投票するなんて、正直面倒っス。
だな。いくら真に望まれるミスを選ぶためとはいえ、やってられないな……
でもね、投票方法は他にもいくつかあるけれど、どれもそれぞれ違った問題点があるの。本当に誰にとっても公平で納得のいく投票方法なんて、実はこの世にないのかもしれないわ。
なるほど、それ自体がパラドックスというわけですね。
なにかを民主的な方法で決めるために投票という行為をしているのに、その結果はけっして民主的にはなりえない。そんな側面を持っているのだ。
ミスコンという身近なたとえで興味が出たのか、珍しくギャル子が食いついてくる。
そうね……みんなが目にする機会があるものだと、『上位二者決選投票方式』があるわ。またミスコンでたとえると、いつもどおりの投票を行った結果、誰も過半数に達しなかった場合、上位の二者で決選投票を行うのよ。
単記投票方式と同じね。上位二者が、実は嫌われ者であるという可能性を排除できない。
言われてみればそうだ。
そもそも最初の投票結果がもとになっているのだから、問題点もそのまま引き継いでしまうのである。
他には、『順位評点方式』というのがあるわ。ひとりひとりが順位をつけて、その順位を点数で計算するの。一位は三点、二位は二点、三位は一点という感じで。
それでいくと、集計したときに点数が高いものが選ばれるんですね。
あ、それ知ってるっス~! ピアノコンクールの漫画で見たっスよ。
点数が高いということは、それだけ上位に入れた人が多いということだ。
そこそこ合理的な結果になるような気がするが――
なにせレン子先輩はさっき、「どれもそれぞれ違った問題点がある」とはっきり言っていたのだから。
レン子先輩は軽く頷くと、もう一度僕らに問う。
そうしてサラサラと、必要な情報を書きはじめる。
レン子:A一位(三点) B二位(二点) C三位(一点)
石橋:A一位(三点) B二位(二点) C三位(一点)
ギャル子:A二位(二点) B三位(一点) C一位(三点)
幹太:A三位(一点) B二位(二点) C一位(三点)
【合計】A 九点 B 七点 C 八点
これでいくと、勝ったのは九点をとったAね。でもAは諸事情で辞退してしまうの。
だから、今度はAを除いた順位で決めることにした。候補者がふたりになったから、一位が二点で二位が一点よ。
さらに書き足していく。
レン子:B一位(二点) C二位(一点)
石橋:B一位(二点) C二位(一点)
ギャル子:B二位(一点) C一位(二点)
幹太:B二位(一点) C一位(二点)
【合計】B 六点 C 六点
おかしいな、最初のパターンだとBよりCのほうが勝ってたのに。
使用している投票の結果は同じなのだ。
だが、それをどのように使うか、どのように集計するかによって、違った結果になってしまう。
この例では候補者が少ないから同点になったけれど、酷い場合は結果がひっくり返ることもあるわ。
つまり、最後に出る結論は、集計する人のやりかたしだいというわけだ。
そこで僕は、嫌なことに気づいてしまった。
これって、もしかして自分の狙いどおりの結果に誘導することができるんじゃ……
否定してほしかったその言葉さえ、レン子先輩は容赦なく頷いた。
そのとおりよ。この方式に限らず、投票にはそういう面があるの。それを利用して、数学者のジョン・パウロスという人が考案した、面白い当選例があるわ。五十五人の生徒が、お昼になにを食べたいか、順位づけしてみたという話なのだけど。
それで一クラスっスか? ずいぶん人数が多いっスね。
考えたのが数学者ということですから、その人数でないと成立しない例なんでしょうね、きっと。
僕らが話しているあいだに、レン子先輩は再び紙に書き出す。
選択肢は、カレー、ラーメン、ハンバーグ、とんかつ、そばの五種類よ。さて、私がさっきまで説明していた投票方法は、何種類あったでしょう?
えっと……単記投票方式、勝ち抜き方式、総当たり決戦方式、上位二者決選投票方式、順位評点方式……の五種類ですね。
指折り数えていくと、同じ数になった。
ということは――
……もしかして、どの投票方式を選ぶかによって、結果が異なるんですか?
だったらそれもう、集計するやつが好きな結果を選べるってことじゃないか?
顔を見あわせて、なんとも言えない気持ちを共有しあう僕ら。
そうしているうちに、レン子先輩が本領を発揮する。
――ま、私に言わせれば、こんなもの一言で片づくんだけど。
待ちかまえる僕らを順番に見やって、レン子先輩はきっぱりと言い切った。
とりあえずファミレスに行って、好きなものを頼んだらいいじゃない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)