7.危険な気づかい:前編

文字数 2,555文字

 僕がパラドックス研究会に入ってから、一週間が過ぎた頃。


 例によってレン子先輩が、突然こんなことを言い出した。

ねぇ、今度の日曜日、幹太の歓迎会をしない? どこかにピクニックでも行って。

 そのときの僕はといえば、ありがたいような、申しわけないような、とにかくこそばゆい気持ちになった。


 そんなことを言ってもらえると、まったく思っていなかったからだ。


 一方で、それを聞いた他のふたりは、なぜか完全に動きをとめていた。

レン子が自分から部室の外に出たがるなんて!?
しかも日曜日を潰してまでっスか!?

 よっぽど驚くべきことらしい。

(……でも確かに、考えてみればレン子先輩っていつも部室にいるなぁ。部室の外にいるのを見たのは、それこそ勧誘されたときくらいだ。そんな相手に、わざわざ部室から出てもらうなんて、やっぱりちょっと申しわけない……)

 そう感じた僕は、当たり障りのないように断ろうとした。


 そもそも僕自身、休みの日は家に引きこもりたいタイプなのだ。

き、気持ちはありがたいですが、わざわざ休みの日にやるのは申しわけないので……
そうだぜ。やるなら今やればいいじゃん。俺、なにか食いもの買ってくるけど?
じゃあ、あたしは飲みものを調達してくるっス~。
ダメよ。

 三人の言葉は、たった三文字で斬られた。


 レン子先輩はいつもの真顔で、続ける。

日曜日じゃないと、ダメ。天気もちょうどいいし。

 頑なに、譲らない。


 僕ら三人は、自然と顔を見あわせた。

(まあ、レン子先輩がどうしてもっていうなら、僕は歓迎される側だから参加せざるをえないけど……)

 どうやら他のふたりも、決意したようだ。

……わかった。まあせっかくの新入部員だしな。すぐ辞められても困るし、いっちょ接待しておくか!
休みを四人で過ごすのも、楽しいかもしれないっスね~。

 ――というわけで、僕らは日曜日に近所の公園へ出かけることになった。


     ◆   ◆   ◆

……思ったんですけど、普通歓迎会って、飲み屋とか飲食店でやるものじゃないんですかね……?

 そこそこいい年齢の四人が、そこそこ小さな公園のベンチに座り、お菓子をつつきあっている。


 その不可思議な状況に耐えられなくて、僕はついに言ってしまった。


 歓迎される側なのにそんなことを言って、怒られるかと思ったが、意外にも石橋先輩は同意してくれる。

俺もそう思うけどさ、おまえ、想像できるか? このメンバーで普通の歓迎会とか。
…………

 一応、想像してみようと試みた。


 パーティープランかなんかでおいしそうな料理を囲み、みんな笑顔で乾杯する――

(……うん、普通に怖いな。メンバー的に普通にはなりえないことが、よくわかる。レン子先輩もきっとそれがわかっているから、公園でピクニックなんて提案したんだろう)

 そう納得して隣のレン子先輩を見やると、一心不乱に魚肉ソーセージにかじりついていた。


 わざわざ持参してきたらしい。


 思わず、犬って魚肉ソーセージも食べるんだ……と本気で考えてしまった。

おっ、このお菓子、なかなかイケるっスよ。
どれどれ? お、ほんとだ。ほら幹太。
あ、ありがとうございます。

 話題らしい話題はなかったが、それでも「うぇーい」みたいなノリについていけない僕にとって、このまったり感は相応しいもののように感じた。


 めちゃくちゃなりゆきで入ったサークルではあったが、ちゃんと向いていたのかもしれないと、改めて思う。

(なんだかんだで、毎回ふたりからは褒めてもらえてるし……。いや、ふたりがレン子先輩の話をまともに聞いてないせいかもしれないけど!)

――幹太。また口に出さないで、いろいろ考えてるでしょ。

 不意に指摘され、顔をあげた。


 その頬に、ポツリと雨粒が落ちてくる。

あれ……?
チッ、雨降ってきやがった。
どうするっス?
とりあえず、あの遊具のなかに避難しましょ。

 レン子先輩が指差した、なかに入って遊ぶタイプの遊具に、全員で移動する。

おいレン子、おまえ、『日曜は晴れだ』って言ってなかったかっ?
言ってない。

 などと会話をしているあいだにも雨は強くなってきて、遊具に着く前に結構濡れてしまった。


 だがそのとき、僕の脳裏にあったのは、雨が冷たいだとか、風邪を引きそうだとか、そんなことではなくて。

……レン子先輩が言ったのは、確か、『天気もちょうどいい』って。
正解。
え? でも、ちょうどいいって言ったら普通、晴れのことじゃないんスか?

 ギャル子は目をぱちくりとさせるが、つまりそういうことなのだろう。

レン子先輩、今日雨が降るって、知ってましたね……?

 探るように訊ねてみたら、レン子先輩は悪びれなく答えた。

雨が降るなんて、最悪。やっぱり外なんかやめたらよかった。
ハァ!?

 そこでキレたのは、石橋先輩だ。

おまえが! 日曜日に外で歓迎会やるっつーから、こっちは他の約束を断って来てんだよっ。軽々しくそういうこと言うな……!
その約束って、私の母とでしょ。
お? おう、聞いてたのか?

 ふたりは腐れ縁だと言っていたが、どうやらお互いの親とも繋がりのある仲らしい。


 幼なじみというやつなのだろう。


 ――と、僕が納得しているあいだに、レン子先輩がまた不思議なことを言い出す。

それ、私が飼い主に頼んでって、母に頼んだから。
……は?
ついでにギャル子。
なんスか?
あなたも本当は、予定があったんでしょ?

 指摘されると、ギャル子はモジモジしながら答えた。

予定っていうか……日曜日は部室でレンちゃんとふたりきりになれるチャンスだから、いっぱい盗撮しまくろうと思ってただけっス!

 本人がいる前で盗撮とか、ちょっとわけがわからないが、それがいつものギャル子なのだろう。


 僕に深く考える余裕はなかった。


 なぜなら、覚悟をしておかなければならなかったからだ。

最後に、幹太。
は、はい。
あなたは今日、ずっと家にいるつもりだったんでしょ?
ええまあ、撮りためた録画をまとめて消化しようとは思ってましたけど……
アニメね?
いいじゃないですか、なんでもっ

 図星だったからこそ、少々慌ててしまった。


 そこまでの確認が終わると、レン子先輩はひとり、満足そうに頷く。

どうやら、『実験』は成功したようね。

(続く)




Q.レン子の言う『実験』とはどんなものなのか?

  ぜひ考えてみてください。

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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