9.漠然とした囚人:前編
文字数 2,484文字
その日部室に行くと、レン子先輩しかいなかった。
僕はロッカーに入れられていた石橋先輩のことを思い出し、念のため狭い部室のあちこちを探してから、レン子先輩に声をかける。
困った。
慣れてきたとはいえ、レン子先輩とふたりきりにされるのは、やはり気まずい。
たとえ会話に参加してくれなくても、他の先輩がいてくれるだけで心強いものなのだ。
特にふたりは、僕やレン子先輩と違って、属性的に明るいものを持っている。
逆に僕らは、根暗が服を着て歩いているようなものだから、別に哀しいことがあったわけでもないのに、空気はやけに重かった。
――なんて絶対に無理そうなことを考えているうちに、部室のドアが開いた。
今なにか犯罪めいた言葉が聞こえた気がするが、この際気にしない。
僕が内心飛びあがって喜んでいると、背後から冷たい声がした。
そう告げてレン子先輩は、ドアの左右にいつの間にか置かれていたパイプ椅子を指差す。
オロオロと戸惑う僕をよそに、やはりこういった事態にも慣れているのか、石橋先輩とギャル子はいつもどおりだ。
僕だったら「有罪」なんて言われた時点で、なにも言えなくなってしまうだろう。
どうやらまた、寸劇が始まっていたらしい。
事前に言ってくれれば、僕だって慌てずに済むのに――と軽く恨みがましい視線を送っても、レン子先輩には通じない。
思わずくり返したのは、僕でも聞いたことのある言葉だったからだ。
さらに問われて考えるが、そもそもなんとなくしか知らなかった。
罪人扱いされているふたりに励まされ、僕は複雑な気分になった。
遅刻の常習犯が聞いたら、ドキッとしそうなフレーズだ。
そこで、取調官である幹太は、ふたりをそれぞれ別の部屋――今の場合は椅子に連れていき、容疑者たちに選択を迫るの。まだバレていない犯罪について、このままどちらも黙秘を続けるなら、刑期は遅刻分の一年。逆に、ふたりとも自白するなら、刑期は五年に延びる。
思った以上の差が、なかなかにえげつない。
だが、落ちついて考えれば、それほど難しい問題ではないように思えた。
僕の意見にふたりが同調してくれて、嬉しくなる。
ところがレン子先輩は、当然そのままにしておいてはくれない。
そう、確かに、ふたりの刑期が最も短くなるのは、両方とも黙秘を選んだ場合だ。
しかし、自分が自白を選んでしまったら、その可能性は百パーセントないことになってしまう。
そしてそれこそが、パラドックスなのだろう。
どちらを選んだ場合も、合理的な説明ができる。
どちらも正しく、どちらも正しくないことになってしまう。
そして――悩みはじめた僕に、レン子先輩の刃が迫る。
誰も疑問に思わないことを、容赦なく掘りさげてくるレン子先輩。
囚人役のふたりも同意した。
しかしレン子先輩は、納得できないように首を振る。
本来は別々の部屋でやるべきことをひとつの部屋でやっているため、囚人たちの結束の固さがよくわかる。
レン子先輩はふたりを順番に見やって、長い息をひとつ吐いた。
(続く)
Q.レン子の言う『前提条件』とは?
ぜひ考えてみてください。