8.危険な気づかい:後編
文字数 2,766文字
レン子先輩のその言葉で、僕はピンと来た。
いつの間にか、レン子先輩の手のひらの上で転がされていたのだ。
石橋先輩が首を傾げながら問いかける。
得意げに胸を張ったギャル子をスルーして、レン子先輩は僕に振ってきた。
正直、まだはっきりと結論が出ているわけではない。
だが、いつも話しながら大体まとまっていくから、今回もそれを期待し、口を開いた。
横から口を挟んできたふたりに、僕は軽く頷いて、続ける。
話しているうちに、思考はまとまってきた。
僕の指摘に、顔を見あわせるふたり。
そう、きっとこれが『実験』の内容だ。
レン子先輩は肩を竦めながら続ける。
僕らが今日集まろうと決めたのは、レン子先輩が「今度の日曜日」と言ったからだ。それ以外に理由はない。
もし誰かが、ちゃんと今日の天気を調べていたら。みんなの予定を確認して「別の日にしよう」なんて提案できていたら。
状況は、変わっていたことになる。
僕は今まで、よかれと思って言わなかったこと、やらなかったことがたくさんあった。
たんに口下手だから、人づきあいが苦手だから、行動に移せなかったという面もある。
でもその結果、周りの人たちをマイナスの方向に引っ張ってしまう可能性があるのなら、それはとても怖いことだと感じた。
言葉を呑みこむのは、簡単だ。
深く考えずに同調することも。
でもそれは、『気づかい』という言葉を隠れ蓑にしているだけの、思考放棄であったのかもしれない。
言われてみればそうだ。
そして、そう考えると非常に恐ろしい。
まるで演説のような台詞を、レン子先輩はいつもの真顔で告げた。
なかなか油断のできないパラドックスだ。
促した石橋先輩に、頷くレン子先輩。
確かに極端な例ではあったが、考えさせられた。
誰かひとりでも、異を唱える人がいたら。
気づかいに乗っかって楽をするのではなく、たとえ責められてでも本当の望みを伝えられていたら。
アビリーンのパラドックスは、レン子先輩でなくても簡単に破れるのだから。
石橋先輩の言葉にすぐ同意してしまったのは、僕がまさにそれを苦手とする人間だからだ。
ずっと生きづらさを感じてきた。
その理由は、僕にだってよくわからない。
そんな僕の肩を、レン子先輩がポンと叩いた。
無駄でもいいから生きている証しを示せと、言われたような気がした。
(続く)