19.立場がパラドックスを殺す:前編

文字数 2,141文字

 ある日部室に行くと、石橋先輩とギャル子が僕に駆け寄ってきた。

待っていたぞ! 勇者よっ
幹太くんならきっと、攻略できるっス!
な、なんですか……?

 部室の最奥では、いつものようにレン子先輩がどっしりと座って構えていた。


 目の前の長机には、ふたつの箱が置いてある。

なにかやっていたんですか?
ええ、ちょっとしたゲームを、ね。

 『ゲーム』という単語には似合わない、実に真面目な表情で言われた。もっとも、これもいつものことだが。

俺ら、レン子に完敗だったんだ。
幹太くんならきっと、攻略できるっス!(二回目)

 なるほど、それでいつも以上に歓迎されているのか。


 僕はもう一度、長机に置かれたふたつの箱に目をやる。


 どちらも百円均一で売っているような、プラスチックの小さなケースだった。パカッと蓋が開くタイプだ。


 ただし、片方は半透明で中身が見えており、どうやら千円札が一枚入っているらしい。


 もう片方はまったく透けておらず、まっ黒――まさにブラックボックスだった。

えーと……僕も参加しなきゃいけない雰囲気なんですよね? これは……
嫌ならやめてもいいけど?
ダメっス! 絶対やるっス!
ここで逃げたら男じゃねぇっ
わ、わかりました。

 選択肢は、あってないようなものだ。


 僕は覚悟を決めて、レン子先輩に説明を求める。

それで? どんな内容なんですか?
とても簡単よ。あなたにはこれから、このふたつの箱のうち、両方か、もしくは黒い箱だけを開けてもらうわ。
ふむ……?
見てのとおり、半透明の箱には、常に千円札が入っている。一方黒い箱には、一万円札が入っている――かもしれない可能性がある。開けた箱の中身を、あなたに進呈しましょう。
えっ?

 奇妙な話だった。が、なにか裏があるのかもしれないと、僕は慎重に考えはじめた。


 まず、確実に千円札を手に入れたいなら、当然両方を開けるべきだ。もしかしたら、黒い箱に一万円札が入っている可能性だってある。


 逆に、一か八かのスリルを味わいたいなら、黒い箱だけを狙うべきだ。ただし、外れた場合は一銭も手に入らない。

(――おかしいな。どっちの場合も、黒い箱の中身が運でしかないのなら、結局は両方を開けたほうが絶対得になってしまう。でも、そんな単純なゲームを、レン子先輩がけしかけてくるはずがない!)

……またなにか、前提を隠していますね……?

 ジト目で訊ねたら、あっさりと白状した。

そうね。言っていなかったけれど、私、人の頭の中身を読めるの。
えっ?
だからね、あなたが両方の箱を開けるか、黒い箱だけを開けるかは、もう知っている。
そ、それは一体どういう……

 さすがの僕も、段々と混乱してくる。

レン子はな、俺らが両方の箱を開けると予想したら、黒い箱はカラにしてるんだ。
逆にぃ、黒い箱だけ開けるってわかってるときは、そっちに一万円を入れてるっスよ!

 横からふたりが説明を追加してくれた。


 どうやらふたりは、レン子先輩にズバリ思考を読み取られてしまったらしい。


 ……まあ、わかりやすい性格をしているのは、確かなのだが。


 しかしこれで、黒い箱に一万円札が入る条件が、わかった。


 一万円札は、レン子先輩が『幹太は黒い箱だけを開けるだろう』と予想したときに、入っている。


 だから僕は、レン子先輩がそう予想したのかを、予想すればいいのだ。


 ……まあ、相当にわかりにくい性格をしているのは、確かなのだが。

――じゃあ、レン子先輩はすでに僕の考えを予想して、黒い箱の中身を決めてある、ということですね?
ええ、そうよ。

 レン子先輩が自信たっぷりに見えるのは、なぜだろう。


 気持ちでもう負けている気がした。


 だが、騙されてはいけない。


 レン子先輩が本当に人の心を読めるなら、僕は全力で『黒い箱を開ける!!』と決意し、開ければいいだけだ。そうしたら一万円札が手に入る。


 しかし、実際にはそうではない。


 レン子先輩は予想しかできない。


 だから、外れる可能性だってあるのだ。

このゲームで、僕が最も得をするための条件は、レン子先輩に『僕は黒い箱を開ける』と予想させたうえで、両方の箱を開けること……ですよね。
そうね。それならあなたは、最高額の一万千円を手にすることができる。
逆に、レン子先輩からしたら、いちばん損だ。というか、黒い箱に一万円札を入れると、レン子先輩にとっては損しかないですよね?
……さすが幹太ね。そこのふたりは、自分の利益のことしか考えていなかったのに。
だってカネは欲しいだろ!?
欲しいッスー!

 非常に正直なふたりである。

じゃあ、レン子先輩にとって最も得――という言いかたは変ですが、少ない金額で済ませられる条件はというと、『僕は両方の箱を開ける』と予想したうえで、僕が黒い箱だけを開けることです。それなら出費はゼロで済む。
なかなかいい線いってるわよ、幹太。

 少しは焦っているのだろうか?


 しかしレン子先輩の表情は、いつもと変わらない。


 推理を口にして反応から予想する作戦は、どうやら無理みたいだ。


 むしろレン子先輩は、なかなか決めない僕に痺れを切らしたようで、強い口調で言った。

さぁ、幹太。選ぶのよ。両方の箱を開ける? それとも、黒い箱だけ?

(続く)




Q.あなたならどちらを選びますか?

  ぜひ考えてみてください。

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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